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「アヤカシ子」 1

 終業式の日は、午前中で学校はおしまい。燦燦と日が照る午後からは、夏休み。
「暑ぅい!」
 トキホの町の路地をたどりながら、イズナは青空に向かって袋をかぶせたままの木刀を突き出してみる。
「暑いねぇ」
 ナズナがにこにこした。
「剣道、いつから?」
「うん、明日からなんだ」
「そっかぁ。イズナ、大変だねぇ」
「勉強よりいいけど」
 姉に同情されたのがこそばゆくて、イズナはついそんな言い方をしてしまう。本当は剣道は好きで、朝練も夕練も辛いとは思わない。暑い日中はお休みなのだし。
 ばたばた、っと、足音がして。
「やーい、アヤカシっ子!」
 男の子の声に、イズナは袋ごと木刀を構えかけた。
「イズナ……」
 ナズナの手指が、木刀を握ったイズナの手首に、からんで止めた。
 ナズナに制止されるまでもなく。その声がヒワダと見て、イズナはすでに戦意を失っている。ヒワダは、幼い妹を背中に背負ったまま、二人の傍らをばたばたと駆け過ぎた。まだ学校に上がってない妹のミユは、おそらく、今日が終業式だというので、校門のところまで迎えに来ていたのだろう。
 その背中を見送って。
「イズナ。ごめんね」
 ぽつりとナズナが呟いた。
「お姉ちゃんが悪いわけじゃないもん」
 ナズナには、不思議な力があった。小動物の病気などを治すことができる。だから、アヤカシっ子と言われる。そして姉をかばうイズナも、まとめてその名で呼ばれていた。

 家に帰って、一緒に暮らす祖父母と昼食を食べて。
 何をして遊ぼう、と、イズナが庭に出かけたところで、ナズナが、
「マツカゼ浜まで行ってみようか?」
と声をかけてきた。
「いいのっ?、おねえちゃん!」
「昨日、満月だったから。今日はいい頃あいだと思う……」
 マツカゼ浜は、小さな山を一つ越えたところにある。満月と新月の前後数日、暑さの厳しい午後頃に、子供が遊ぶにはちょうどいい深さになる。
 ただ。幼いころに両親を亡くし、祖父母と暮らすナズナとイズナは、老いた二人に山を越えて遊びに連れていって欲しいとねだるのがはばかられて。年に1度、行くか行かないかだ。でも、もう、小学の4年と6年ともなれば、二人で行っても構わないだろう、と、祖父母に確かめもせずに勝手に決める。
 胸をドキドキさせながら、二人分の水着とタオルを、箪笥からそっと持ち出した。

 家から遠くない磯は、波が荒く、岸からすぐ深くなっていて、泳げるようになるまではそこで遊んではいけないと言われていた。イズナは去年、もうちょっとで泳げるところまでいき、今年はぜひにもまっとうに泳げるようになって、祖父母の許可をとりつけたいところなのだ。
 イズナは、小づかい銭を、畑のわきの無人店の箱に入れて。小ぶりなスイカを一つ、抱える。
「重たいよぅ?、山、越えるのに」
 ナズナの頬には、戸惑いの色があった。
「重くない!」
 イズナはスイカを片脇に抱え、水着やタオル、花火をいれた袋と木刀は逆の肩に担いだ。木刀は、鞘と袋は置いてきた。以前に祖母に拵えてもらったものだが、今日はスイカ割の棒がわりだ。
 急な坂を汗みずくで登り、峠にさしかかる。眼下には小さな湾の輪郭が見てとれる。小さな湾の中に潮の流れが運んできた肌理の細かい白い砂がしきつめられていて、遠めに白いレエスのようだ。浜にはすでに点々と、子供の遊ぶ姿が見えている。
 もう一刻も早く、あれに混じりたい、と、気がせくが。イズナは、ふと姉を振り向いて、自分を抑えた。剣道で鍛えたイズナは元気いっぱいでも、もともと身体の強くないナズナは、息を切らして苦しげだ。
 イズナは、両手をいっぱいに広げた。風、こい。いい風、こい。願いをこめて念じる。イズナの心の声が聞こえたように、風が吹いた。
「うん、いい気持ち……。あとは、下り!」
 自分を元気づけるようにナズナがいう。
「帰りがあるけど」
 ぼそり、と、イズナは答えてしまってから、ちょっと反省する。姉は、泳ぎを憶えたいイズナにつきあって来てくれたのだから。
「誰かがスイカをくれたら、帰りの元気はでるよ」
 にこにことナズナが笑う。
「じゃあ、ちょっとだけ上げようかな」
 もとより姉のために買ってきたスイカを、よいしょ、と、抱えなおして、イズナは笑う。
「ちょっとかあ。ケチだなあ」
 ナズナが、膨れて見せた。

「アヤカシ子」 2

 物陰で水着に着替えて、交代でスイカのお守りに浜に残り、交代で海へ入ろうか、と考えたところで、面倒くさくなった。
「先にスイカ割りしちゃう?」
 イズナは、姉に提案してみる。
「うん!」
 砂を集めて小山をつくり、スイカを据える。
 スイカは買ったけれど、目隠しは持って来忘れた。タオルをくるりと頭に巻き、後ろを髪留めで止めたけれど、今にも落ちそうだ。
「これが落ちるまでに、仕留める!」
「仕留めるっていう?、スイカを」
 二人で笑いころげ、こっち、こっち、と姉が呼ぶ方向に木刀を向ける。
「ちょっと前、ちょっと右、それくらい」
 ナズナの誘導がいいのか、イズナのカンがいいのか、2度ほど木刀を振るっただけで、スイカはあっけなく割れた。二人並んで、かぶりつく。
「甘いねえ」
 夏の日差しのなかを抱えてきたスイカは、少し生あたたかいのだけれど、乾いた喉に甘味がしみる。
 ふと、目を上げると。少し離れたところから、男の子が二人のほうを向いている。傍らに小さな女の子がいて。とことこっと駆けてきた。……ミユ、だ。ヒワダの妹の。
 数歩先で立ち止まり、じっと二人を見ている。
「スイカ、いる?」
 ナズナが声をかけてから、いいよね、と、イズナの横顔を確認した。イズナは、ぱちり、と、大きく瞬きして、いいよ、と、伝える。
 さしだされた一カケを、ミユは受け取って。
「あの。おにいちゃんのもくれますか」
 小さな声でいった。
「ずっと、ミユをおんぶしてきてくれたの」
「いいよ」
 今度はイズナが返事をして、割れたスイカの一片を差し出す。
「ありがとう!」
 ミユは、砂の上、転んではいけないと気をつけるそぶりで、戻っていく。
「そろそろ、一月くらい?」
 ナズナが小さく言った。
「うん。それくらいじゃないかな」
 ヒワダとミユの両親は、1ケ月ほど前に行方不明になり、数日後、喰い散らかされた無残な死体が見つかった。服やなにやから、警察はそれがヒワダたちの両親だと断定した。
 そして、町の噂では。殺したのは妖魔……アヤカシだと。アヤカシに、喰われたのだと。
 それまで、イズナを普通に同級生として対していたヒワダが、ナズナとイズナを避けるようになったのは、その日からのことだ。
 遠目に。ミユがヒワダにスイカを渡すが見えた。ヒワダがそれを浜に叩きつけるのも。ミユがそれに手を伸ばす。ヒワダがスイカを、海へ向かって蹴り上げる。ミユがうつむいた。
「海、入ろうか」
「うん。準備体操!」
 わざと明るく声をあげて、イズナは視線を兄妹からひきはがし、身体を動かし始めた。
 関節を回したり、伸ばしたりして、身体をほぐす。ようやく波に身体をひたした。
 泳げるナズナは、先に泳ぎ始める。
 イズナは浮くだけ浮くのだが、ばたばたもがいても、ほとんど前に進まない。
 何度も、浮いてはもがき、浮いてはもがき、立ち上がってナズナを見て、
「足を伸ばすのか」
「肘も」
などとぶつぶつ言ってはまた浮いて、身体を動かしてみる。すいーっと前に進んだ。できるだけ同じに、動きを繰り返す。自分で自分の動きを憶えたと確信してから、立ち上がった。ナズナは泳ぎながらも、横目でイズナを見ていたらしい、続けて立った。
「おねーちゃーん!できた!」
 ナズナは声を上げて手を振る。
「おめでとー!」
 そこから先は、泳げるようになったのが嬉しくて、夢中だった。足の立たない深さの場所まで泳いでも、ちゃんと戻ってくることができた。
「これで、磯でも泳げる!」
 祖父母に見せれば、許しがもらえるだろう。
 ふと、肌寒さを感じて、空を仰ぐ。いつのまにか、雲が出て、日が翳っていた。
「イズナ!、そろそろ上がろう!」
 ナズナの声にしぶしぶ浜をめがけて泳いでいるその最中に。ザン、と音をたてて雨が降り出した。夕立だ。
「ひゃっほー!」
 浜に上がり、塩気を流せとばかり両手を広げる。
 枝をはった松の下に避難したナズナは、「何をやっているの!」とでも言っているのだろう。口にメガホンの形に手をあてているけれど、雨の音でほとんど聞こえない。
 イズナは少し足速になって、松の枝の下に入った。
 ナズナは手早く、服やタオルを雨から避けていたらしい。乾いたタオルを差し出してくれた。イズナはありがたくそれを受け取った。とりあえず髪から拭いて、湿ったタオルで身体も拭きあげる。互いにタオルで隠しあいながら、元の服に着替えた。
 枝の間から雨の様子を見ているうちに、ミユが木の下に入ってきた。
「あの……、いっしょに雨やどりして、いいですか」
「どうぞー」
 イズナはわざと陽気に答え、
「おにいちゃんは?」
「おにいちゃんは、雨で遊ぶんだって」
 ミユは、しゅん、として答える。
「ミユは風邪ひくから、だめだって」
「そっか」
 ヒワダは、単に、イズナ・ナズナと一緒に雨宿りをしたくないのだろう。
「他の人たちはどうしたかな」
 浜にはほかにも、遊んでいる子供や、つきそいの大人がいたはずだ。
「もう引き上げた人もいるけど。峠で雨だと大変かもね、滑るし」
「ごめん、私、遊びすぎた?」
「うううん、こんな降るとは思わないもん」
 松の根元に寄りかかっていると、遊び疲れた体に眠気が来たのだろう。ミユの瞼は今にも落ちそうだ。
「いいよ、寝なよ」
 松葉を集めた上に湿気たタオルを敷いたら、素直にその上に丸くなる。寝息を立て始めるのを見ていたら、イズナも眠くなってきた。松の根元で、姉の肩にもたれる。ナズナのほうも、イズナに少し体重をかけてきた。そこまで意識して、すーっと眠りに引き込まれていった。

「アヤカシ子」 3


「ミユ!、いくぞ!」
 ヒワダがミユだけを引き起こさずに、大きな声をかけてきたのは、イズナたちを起こす意もあったのだろうか。
 雨は、ほとんど止んだと言ってもいいほど小ぶりになっていたが、日は大きく傾いて、夜が近い。……アヤカシたちの跳梁する夜が。
「山越えてる時間、ないから。俺たちは近道を帰る」
 ついてきたければ、ついてこい、という様子で、ヒワダは大またに歩き出した。
 イズナは、ナズナと顔を見合わせる。たしかに、山を越えるのは時間がかかる。近道というのに好奇心もあった。
 ヒワダが向かったのは、悪ガキでないと知らないだろう、細い道だった。山を越えるのではなく、海沿いの道ともいえないような岩の上を行くのだ。たしかにこれなら、距離的には近い。しかし、岩は踏むとぐらつくものも多く、濡れて滑る。下手をしたらすぐ下の海へ落ちてしまうだろう。
 ヒワダは、ミユをしっかりと背中にしがみつかせ、足先で一つ一つ岩の安定を確かめながら進んでいく。ナズナとイズナは、ヒワダが進んだ後をなるべくなぞりながら、後に従った。
 もう町が近いころ。日はかなり落ちて、灯を燈した家もあるのが遠目に見えたところで。カラスだかコウモリだかが、海ぎわの藪から飛び出した。
「ぎゃっ」
 ヒワダの声に、水音が続く。あるはずのあたりに、ヒワダたちの姿がない。
「ヒワダ!」
 イズナは足を速めて、ヒワダの姿が消えたあたりに急ぐ。見下ろすとすぐ下あたり、ミユとヒワダがもがいている。
「これを!」
 イズナはとっさに木刀の、真剣なら刃にあたる部分を自分で握り、柄の側を差し出した。
「ミユ!」
 ヒワダは懸命にミユを支え、ミユは必死に手を伸ばしてくる。小さな手が柄にかかる。
「しっかり!」
持って、と、声をかけて。イズナは、痛いほどに強く、木刀の刃の側を握り、木刀を引き寄せる。片手で木刀を支え、もう片方の手でようやく、ミユの手首を掴んだ。けれど、力がうまく入らない。思わず、片手を岩についた、イズナが木刀を離したのと、ミユが木刀を離してイズナの手首を握ったのが同時だった。木刀が、海に落ちた。
 祖母に貰った大切なものだけれど、祖母ならたぶん許してくれる。問題は、ヒワダを引き上げる手がかりがなくなってしまったことだ。
 それでも、今はミユに意識を集中するしかない。片手だけ掴んで不安定にぶらさげた状態から、柔らかな肌を岩に擦らないよう気をつけて、引き上げる。
 ヒワダは、ミユを支えるのに苦しかっただけで、一人なら泳げるようだった。立ち泳ぎをしながら、町の方角に指をさして、
「泳いで帰る」
と合図した。悔しいけれど、イズナよりずっと上手い。
 イズナは荷物をナズナに預け、ミユを背負う。ヒワダがやっていたように、慎重に岩を探りながら、進み始めた。

 ようやく、町から見える磯の景色になってきて、イズナはヒワダを振り向いてぎょっとした。
 磯から少し離れると、海は幸い凪いでいて、イズナでも泳げそうなのだが。海から磯の岩へ上がるその数秒は、波が岩に激しく打ち付けていて、どう上がっていいものか、イズナには見当がつかない。
 ヒワダは波の間隔を見定めるように、何度も何度も振り返り、とうとう決意して泳ぎ寄って来たが、もうちょっとで岩に手がかかる、というところに、波が打ち寄せた。
 ダン、と、ヒワダの身体が岩に打ち付けられる。
「ヒワダ!」
 イズナは思わず叫び、岩から海へ滑り降りようとした。
 ヒワダは、どこか痛めたのか、水を飲んだのか、さっきまでの安定した泳ぎっぷりは見る影もなく、めちゃくちゃに手足をふりまわし、どうにか沈ますにいるばかりだ。
「イズナ! 無理よ!」
 ナズナが止めるのは、わかる。イズナはまだ泳げるようになったばかり。さっきの泳ぎを見ていたって、ヒワダのほうが上手かった。
「でも!」、このままじゃ。
 抗議しようと振り向いて。ナズナが何か手を動かしているのに気づく。
 次の瞬間。
 ナズナの手元から、火の色が発した。ひゅーんと軌跡を描いて飛び、パン!と空中で火花を爆ぜた。
「おねえちゃん!」
 それは、アヤカシに出会った時以外は、絶対に使ってはならないと、きつく言い渡された花火。アヤカシは黒い翼で飛ぶという。日が落ちた後に、町の結界の外にいるヒトを探しているという。アヤカシに襲われた時、霊武器を持つ狩人が呼べるよう、誰もが蝋引きの紙でしっかり包んで持ち歩いている、特別の花火。
「大人がくるから! もうちょっと頑張って!」
 ナズナが、海に叫ぶ。しかし、波の音のせいか、耳も水が入って聞こえないのか、ヒワダは、少しでも磯に近づこうともがいては、波に巻かれて沈みかける。
 町から近いだけあって、数分で、待ち人は来た。油で走る、バイクと呼ばれる鉄馬に乗れるのは、この町ではアヤカシを狩る者だけだ。
「どうした?」
「ごめんなさいっ。アヤカシではないんですっ、あの子を……」
 顔をしかめた狩人は、少女たちの指さす先に視線を転じて、表情をかえた。
 手早く上着を脱ぎ、鮮やかな姿勢で海へ飛び込む。泳ぎに巧みな大人の速度で、ヒワダに泳ぎよるその途中で。
 力尽きたように、ヒワダの姿が水面から消えた。
 狩人は、一瞬、海面から伸び上がるようにして深い息を吸うと、続いて水面から消えた。潜水したのだ。
 時間にして、おそらく数十秒。
 息を呑んでいる少女たちの視界、狩人がヒワダを脇にかかえて、水面に上がってきた。
 先ほどのヒワダの苦労がウソのように、あっけなく岩に泳ぎより、ヒワダを岩に押し上げる。続いて、自分が陸に登ると、ヒワダを抱き上げ、岩の間のわずかに砂が溜まった場所に横たえなおした。
 ヒワダは、意識がない。
 人工呼吸を試みようとする狩人を押しのけるようにして、ナズナがヒワダの肩に手を当てる。
「ヒワダくん!、ヒワダくん!!」
 外から見れば、何度か名を呼んだだけ。ヒワダが、ゆっくりと瞼を上げた。まるで交代のように、くたり、とナズナの体が崩れ落ち、イズナはあわててナズナを抱き支えて、ヒワダから引き離す。
 狩人に手を添えて貰って、ヒワダはゆるりと立ち上がった。
「怪我はなさそうだな、気分は悪くないか?」
「はい」
 ぼそ、と返す。
「大丈夫だな?」
 帰りの身支度を始めた狩人の傍ら、
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
 イズナが小声で呼んでいるうちに、ナズナも意識を取り戻し、狩人に頭を下げた。
「花火、使ってすみませんでした」
「あれは、アヤカシを知らせるためのもんじゃない。アヤカシに人が殺されるのを防ぐためにある。……命がかかっていたら、使っていいんだ」
 狩人は、少年が意識を回復したらほっとして気を失った……ように見える少女に、柔らかな笑みをむけると、バイクで去った。
 声が聞こえないほどに狩人が離れたとき。
「オレに何をしたんだ!」
 ヒワダが叫んだ。声が震えている。
「おねえちゃんは、ヒワダを……」
 狩人には判らなくても、イズナには判った。ナズナは、子犬を助けるのと同じ力を、ヒワダに使ったのだ。小さな生き物を助けるのでも、その力を使うと、ナズナはいつも疲労困憊する。その度合いは、相手が大きいほど、そして死に近いほど、ひどくなる。
「何で助けたんだよっ!」
 ヒワダの勢いに気おされて、イズナは黙る。アヤシの力で救われるくらいなら、死ぬほうがマシなのだろうか。
 ヒワダの目がぎらぎらしている。今にも殴りかかりそうに、それとも、自分を自分で押さえるかのように、腰の脇で両の拳を硬く握る。
「オレ……、オレも……、なんか違うものになるのか?、あの力が入ったの、自分でわかった、あの力が入ったら、今までのオレと違うのか?」
 ああ。ヒワダはおびえているんだ、と、イズナは理解する。
 ナズナが、ヒワダに、かぶりをふった。
「今日、スイカ食べても、明日はお腹がすくでしょ? 今日、力をあげても、明日はもう消えてしまうよ」
 そのとき、つん、と、ナズナの衣服が引かれた。
「おねえちゃんが助けてくれたの?」
 振り向けば、ミユがナズナのブラウスの裾をにぎっている。
「……すこしね、力をあげただけ。スイカを分けてあげるのと同じくらいだよ」
 倒れるまで力を与えて、それはないだろう、と、イズナは思うが。ミユは、こくん、と頷いた。
「おにいちゃんに、分けてくれて、ありがとう」
 ナズナが微かに笑んで頷き返すと、ミユはめいっぱいの笑顔になった。くるり、と兄に向きなおり、首にしがみつく。
「おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん」
 途中から涙声になる。
 ヒワダの、拳が解ける。掌が、ミユの背に沿う。
「おにいちゃんー」
 ミユがわんわんと泣き出した声の隙間で、
「秋の学期からさ。転校すんだ」
 ぽつり、と、ヒワダが言った。
「遠くの親戚の家に……」
 言葉は曖昧に途切れて、本当は行きたくなかったのだろうと知れた。
「親父とお袋に連れてきてもらった浜だから。見て、おきたくて」
 途切れ途切れに継ぎ足される言葉。
「うん」
 ナズナが笑んだ。ありがとう、というように笑んだ。終業式の日に言えなかったこと、言わなかったことを、今、ナズナとイズナにだけ言ったことに。
 ヒワダの唇が震えた。ありがとう、とか、ごめん、とか、そんなことが言いたかったようにも見えたけれど。結局それ以上、何も言わず、ヒワダはミユの手を引いて、ナズナとイズナに背を向けて歩きだした。
「おねえちゃん?」
 何か言わなくていいのか、少し戸惑って、イズナはナズナの顔を見上げる。ナズナは、手をのばし、イズナの髪をくしゃくしゃと撫ぜた。撫ぜた、だけだった。

 家に帰った二人が、無断で遠出をしたことを、祖父母からきつく叱られたというのは、また別のお話。

「アヤカシ子」了

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