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「風霊の祭り」1

 精霊(ア=セク)が棲まう、アスワードと呼ばれる世界。この世界にも、この空域あたりには四季がある。いまは夏。
 風霊(ウィデク)センティスが、 空に小さな紋章が閃いたのを見つけたのは、幼い娘シェーヌを連れて、風を楽しんでいたときだった。三百年に一度の大祭祀、近接(タゲント)の折のような華麗なものではない。風霊(ウィデク)だけを呼ぶ、ささやかなものである。
「あれは、なに?」
 銀艶をもつ淡茶の髪をふわと揺らし、少女の姿のシェーヌが、センティスを振り仰いだ。シェーヌが好んで身につける白く柔らかなドレスも髪に合わせてなびく。
「風の祭、だそうだ」
 センティスは、紋章を読み取り、シェーヌに教え、
「いってみるか?」
 ためらいながら、言葉を足した。シェーヌは生後十八年ほど。精霊(ア=セク)の生後十八年は、人間のそれとは異なる。自分の周囲に対する知識は十八年分あるが、物事を深く考える根気や、己の感情を律する力は人間の幼児なみ。通常であれば触角や蹴爪を備えた幼形である。それが大人の精霊(ア=セク)のように少女の姿をとれるということは、シェーヌの霊力(フィグ)が常より大きいことを示す。
「どこに?」
「もう少し、南だそうだ」
 どの空域だかは、紋章に示されている。
「ぴょん、て、行く?」
 小首をかしげて尋ねる仕草は、本来の年齢にはふさわしいが。少女の姿形にはいささか不似合いなほど、幼い。
「ああ、遠翔(テレフ)でな」
 センティスはふわりと近づくと、幼い娘の首に遠翔(テレフ)霊術具(フィガウ)をかけてやる。娘はキラキラと笑い、センティスの胸がかすかに痛んだ。センティスは現王の従兄弟という血筋だが、生まれつき霊力(フィグ)には恵まれなかった。なんの因果か、娘シェーヌは先祖返り的に霊力(フィグ)が強い。普通の精霊なら、子供には霊術具(フィガウ)は使わず、ただ手を引いて飛ぶ。シェーヌの霊力(フィグ)は暴走しがちで、下手に体に触れると、思考を勝手に読んだりする。いつも、ではないが、きまぐれというか、まだらにそんなことが起きるのだ。だから手を触れずに済む、霊術具(フィガウ)を使う。
「ほら翔ぶぞー」
 声をかけてやると、シェーヌがこくりと頷く。揺れる髪、揺れる服。精霊(ア=セク)は自分の望む姿に成長する。シェーヌの髪の色も、好む服の色も、父に似ていた。ひたむきに父を慕ってくれる娘であることを、センティスは正しく理解している、のだが。
「ぴょーん!」
 シェーヌは、声に出して。父の力を感じると同時に自分も「跳ねた」。

「風霊の祭り」2

 景色が変わり。シェーヌは、青い空のただなかに、一人でいることに気づく。父の姿がどこにも見えない。上下左右を見回すが、風霊(ウィデク)の姿は一つもない。
 以前もこんなことがあって、「遠翔(テレフ)のときには、大人しくしていろ」と言われたのに、またやってしまった、祭という語のもつ賑やかな予感に浮かれたのだ。親の精霊(ア=セク)が子供をつれて遠翔(テレフ)するとき、普通、子供は迷子になんぞならないという。親はなかば無意識に子供の力を縛るからだ。それがどうしてシェーヌに限ってしばしば親にはぐれるかというと、親の力が弱くて、子の力が強く、おまけに制御が足りないからだ。
「また、叱られる……」
 それも悲しいのだけれど。父の、自分の弱さが侘しいような、シェーヌの強さに戸惑ったような表情を、見なければならないのが、一等辛い。父は一度も言葉にはしないものの、母が父の元を去ったのも、シェーヌに振り回されて悩む彼女を慰める男に恋したせいだと、シェーヌはすでに悟っていた。風霊(ウィデク)の子は、風さえあれば勝手に育つ。だから、子育ては、それほど重い義務とはされない。子より恋を選んだ母を咎める者はいないが、だからといって父が淋しくないわけではない。
「父上にも、はやく素敵な恋人ができますように」
 そのためには、自分が邪魔だということを、シェーヌは内心理解していた。少しでも早く大人になりたくて、背伸びするように少女の姿をとってはみても。「力を抑える力」はいっこうに姿形に追いつく成長はしてくれない。
 見下ろす下界は奇妙に平らで、なにやら蠢いて見えた。シェーヌは、霊力を暴走させた直後なのでさすがに慎重に、そっと体を丸めて、高度を下げた。下界が十分見えるところまで降りて、すいと両手を広げ、高度を保つ。目をこらせば、眼下はすべて水だった。それが、四方全部、視界が果てる先まで続いている。じゃばじゃばと音をたて、不思議な匂いがする。風は、湿って重い。
 海を見るのは、初めてだった。海という語は知っていたが、目の前の水の連なりとは結びつかず。潮騒という語は、知らなかった。見慣れぬ光景に囲まれ、心細さにシェーヌの頬を涙がこぼれ落ちる。父親の元に帰りたくても、遠翔(テレフ)が時々できるのはあくまでも霊力(フィグ)の暴走で、望んだときに望んだ場所へ飛べるわけではなかった。父の居所も、どれだけ離れているのかも、よくわからない。
 シェーヌは、えくっえくっとしゃくりあげて泣いた。
「シェーヌ、か?」
 突然声がしてシェーヌはびくりと顔を上げた。
 さっきまで確かに一人だったのに。目の前に風霊(ウィデク)の男がいる。儀式の衣をつけ、夏の陽光の下、橙金の髪をなびかせている。威厳はあるのだが、怖いとは思わない。怖いと思う余裕がないほど、きれいだと、シェーヌは思った。
「センティスの娘か」
 問いを繰り返されて、見とれていたシェーヌが、あわてて頷こうとしたとき。風霊(ウィデク)がついと近づいて、肩を抱き寄せられた。父さえめったに触れない体に、躊躇いもなく触れられて、シェーヌは身を硬くする。けれど、幼い頃に父に抱き寄せられた記憶が、頼りない柳の枝にもたれたようだったとすれば、この男は樫の幹だった。霊力(フィグ)の強さが硬い殻をなし、シェーヌの霊力(フィグ)が多少暴走したところで、心を盗み見ることなど出来ないだろう。それが直感的に判った。
 次の瞬間。ざん、という音とともに、下界の水が巨大な飛沫を上げた。飛んでくる水の弾丸を、しなやかな空気の皮膜が防ぐ。風霊(ウィデク)の男が結界を張ったのだ。
 白い飛沫の束ねの内から、大木ほども太さのある長竜が、空へぐんと跳ね上がった。青い空と白い雲の描く(まだら)模様を背景に、銀の鱗が(きらめ)く。鋭い長角が、空を裂くようだ。全身に纏いつく水滴が霧のように散って、小さな虹の花が咲いた。
「私に、所用か」
 風霊(ウィデク)の男が、霊力(フィグ)で声を強めた()の術でもって、竜に呼びかける。シェーヌの肩口を支える掌に、お前は案じなくてよい、というように力が篭った。
「過去を忘れはせねど、孫子(まごこ)に恨み報ずるほど愚かでもなし」
 語、というより、意。想いの塊のようなものが、シェーヌを打った。風霊(ウィデク)の男も解したのだ、シェーヌの肩にある手がわずかに強張る。
 二人のはるか上まで跳ねあがった長竜は、天空に腹を向けて方向を変え、今度は頭を下に落ちてくる。その頭部が二人の結界のすぐ横を過ぎるとき、薄青の宝玉のような瞳が、シェーヌを見つめた。
 再び、音と飛沫を上げて、竜の姿が水中へ落ちる。ばらばらと跳ねる水滴は結界に消え、風霊(ウィデク)の男がほうと息を吐いた。
「去った、ようだ」
 来ることが一瞬前に解って、結界に入れてくれたのと同じく。去ったこともわかるのだろう。シェーヌは霊力(フィグ)を海中に向けようとしてみたが、うまくはいかなくて、すぐに諦めた。
「あれは?」
 シェーヌは風霊(ウィデク)に尋ねながら。あれ、と呼んではいけないような気がした。だが、彼、と呼ぶのも違和感があった。
「海竜だ。減り果てた水霊(オセアク)の末裔とも、不死変異の竜とも言うが。生粋の竜ではあるまい。竜は、話せない」
「名前は?」
「知らぬ。あるかどうかも、知らぬ。もう、数百年だか千年だか、海竜はあれ一体しかいない。海竜と言えば、あれのことだ」
「恨み、って言ってた……」
「昔、海竜は風霊(ウィデク)の娘と愛を交わして、女の子を設けた。子供を六百年前の近接(タゲント)の巫女にと請われて、母親は我が子を守るために付き添い、近接(タゲント)の戦で妖魔(ヴァン)に斬られた。妖魔(ヴァン)が海に近づかないのは、海竜を恐れるからだ、とも言う」
 昔、悲しいことがあったんだ、と、シェーヌは思う。陽光にきらきらと輝いていた、銀色の竜。力に溢れているのに、大切な者を亡くしてしまって。たった、一人なのだ。
「きれい、だった」
 風霊(ウィデク)の頬を、笑いの気配がかすめた。
「恐ろしくは、なかったのか? ……今日のことは、他の精霊(ア=セク)には言うな。海竜は滅んだと信じる者も多い。好奇心で海に近づいて、いらだたせでもすると、今回ほど穏やかには終わらぬかも知れぬ」
 風霊(ウィデク)の目が少し険しくなる。
「父上にも、言ってはだめ?」
「センティスか……、センティスには言ってもよいが、私が他言無用と言っていたことも伝えてくれ」
「うん」
 シェーヌは、こくりと頷く。
 遠翔(テレフ)の力強い霊力(フィグ)が、シェーヌを押し包んだ。

「風霊の祭り」3

 圧迫感が消えると、父が、目の前に、いた。シェーヌを連れに来てくれた風霊(ウィデク)を見て、驚いたように頭を下げる。シェーヌは、男に背を押されて、するりと空を滑り、父に寄り添った。風霊(ウィデク)の男は、振り向きもせずに、空にそびえる入道雲のほうへ、飛び去って行く。
「あれ、誰? 父上のこと、知ってた」
「オーリン王だ。……名乗らなかったのか?」
 センティスが苦笑する。祭りの場に着いて、シェーヌが霊力(フィグ)の暴走でどこかに跳ね飛ばされてしまったのに気づいた。センティスの霊力(フィグ)では居場所を追いきれないほどに遠かった。困りきっているところに、オーリンに「今日は一人か」と声をかけられた。「娘のシェーヌとはぐれまして」と答えたとたん、オーリンの姿は、遠翔(テレフ)の気配と共に、掻き消えて。連れて来てくれたと思ったら、説明も挨拶もなく、祭りの中心へと戻って行ってしまった。
「王子のころは、もうちょっと、愛想が良かったんだがなぁ」
 センティスにしてみれば、昔はともに遊びもした、歳の近い従兄弟だが。三百年前の近接(タゲント)の戦でオーリンの父が戦死して、王位を継いでから、オーリンは少し遠い存在になった。王妹ラローゼが王が命じた任務を捨てて王宮を去ってからは、ことさらに近寄りがたくなったようにも思える。
 父の返答に、シェーヌは頬をふくらませた。王さまのことを、そんな風に言うんだったら、海の竜のことは教えてあげない、と、シェーヌは思う。とっても、とっても、きれいだったんだから。
「ね、王さまは、近接(タゲント)の巫女を決める人?」
「決める、というか。……巫女になれる者はあまりいないからな。有格の者に、役を果たせと命じることはあるらしいが」
「そう、なんだ」
 シェーヌは、王の姿を目で追う。
 王は、入道雲の周りで踊る数十の風霊(ウィデク)たちの、中心にいた。風霊(ウィデク)たちは、音をたてて吹き荒れる風に乗りながら、風を喰らい踊っていた。ある者は弦を張った楽器をつまびき、ある者は歌う。アスワードでは、嵐が人の街を破壊することはほとんどない。嵐は、世界中の風霊(ウィデク)が集まって食ってしまうから。
「シェーヌも、風を食べに行っていい?」
「シェーヌは、大きくなったらな」
 制御力がないことをいま目のあたりにしたばかり。やはりこの子に、風の荒れる入道雲の中で存分に風を食べさせるのは、早すぎるようだ、と思う。
「あんなにきれいに、踊れるようになったら?」
「そうだな」
 そのころには、この子も自分の力を御せるようになっているのだろうか。センティスはひそかにため息をついた。
 風が喰われ嵐の音はだいぶん弱まった。風霊(ウィデク)たちは満腹の表情だ。それを見回して、王が、
「雨を望む者は?」
 と声を放った。「フェキの山麓に」「トキホあたりの森に」口々に風霊(ウィデク)たちが答える。だいたいは親しい樹霊(ジェク)の棲まう地である。
 王は、軽い仕草で、印を結ぶと、すっと、振った。
 もくもくとした厚みの裾に黒い影をはらんでいた雲が、淡く白く薄い布を延べるように伸びて、水平線の彼方へ消えてゆく。風霊(ウィデク)たちが望んだ場所、数百kmの空の彼方に、柔らかな雨を降らせる程度の雲が、送り届けられるのだ。
精霊(ア=セク)に栄えあらんことを」
 王の儀礼的な挨拶のあと、風霊(ウィデク)たちはてんでに遠翔(テレフ)で去っていく。
「すごーいね!」
 雲が駆け去る光景を見て興奮さめやらぬらしい娘に、センティスは小さく肩をすくめた。
「うん、まぁ、な」
 先代の王は、こういうとき、王妃に雲で空に文様を描かせ、それを王の力で広げていった。もっとずっと派手やかで、美しい儀式だったのだ。オーリンは、必要なところに必要な雲を届けるだけ。地味というか、堅物というか。「王は王位をお楽しみにならぬ」と先代の王を知る者たちからは、眉をひそめられる。色恋を重んじる風霊(ウィデク)たちの中には、三百年近い治世を孤閨で過ごしたオーリンを、「理解しがたい」と断言する者もあった。
「うん、まぁ、后がいらっしゃらないから、かな」
 小さく独り言をいったセンティスは、
「じゃあ、シェーヌがお后さまになる!」
 という娘の答えに、そのときは吹き出した。
「シェーヌがお后さまになればいいと思わない?」
 あまりしつこく同じことをいう娘に根負けしたセンティスが、だめでもともと、と、とオーリンに娘を勧めてみるのは、この少し後のことである。
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