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2016

★現在、sagittaさんの企画に献じるため、ブログテンプレートテスト中です。★
(「競作小説企画・夏祭り」はsagittaさんの企画です)

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(2015/7/20)記
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(「競作小説企画・夏祭り」はsagittaさんの企画です)

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アヤカシ子

(競作小説企画「夏祭り」第3回参加)
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風霊の祭り

(競作小説企画「夏祭り」第5回参加)
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告存晶-レペィキスタ-

(競作小説企画「夏祭り」第6回参加)
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チトと、ナズナの宝珠

(競作小説企画「夏祭り」第7回参加)
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恋ブロ・ブログデザインコンテスト
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「アヤカシ子」 1

 終業式の日は、午前中で学校はおしまい。燦燦と日が照る午後からは、夏休み。
「暑ぅい!」
 トキホの町の路地をたどりながら、イズナは青空に向かって袋をかぶせたままの木刀を突き出してみる。
「暑いねぇ」
 ナズナがにこにこした。
「剣道、いつから?」
「うん、明日からなんだ」
「そっかぁ。イズナ、大変だねぇ」
「勉強よりいいけど」
 姉に同情されたのがこそばゆくて、イズナはついそんな言い方をしてしまう。本当は剣道は好きで、朝練も夕練も辛いとは思わない。暑い日中はお休みなのだし。
 ばたばた、っと、足音がして。
「やーい、アヤカシっ子!」
 男の子の声に、イズナは袋ごと木刀を構えかけた。
「イズナ……」
 ナズナの手指が、木刀を握ったイズナの手首に、からんで止めた。
 ナズナに制止されるまでもなく。その声がヒワダと見て、イズナはすでに戦意を失っている。ヒワダは、幼い妹を背中に背負ったまま、二人の傍らをばたばたと駆け過ぎた。まだ学校に上がってない妹のミユは、おそらく、今日が終業式だというので、校門のところまで迎えに来ていたのだろう。
 その背中を見送って。
「イズナ。ごめんね」
 ぽつりとナズナが呟いた。
「お姉ちゃんが悪いわけじゃないもん」
 ナズナには、不思議な力があった。小動物の病気などを治すことができる。だから、アヤカシっ子と言われる。そして姉をかばうイズナも、まとめてその名で呼ばれていた。

 家に帰って、一緒に暮らす祖父母と昼食を食べて。
 何をして遊ぼう、と、イズナが庭に出かけたところで、ナズナが、
「マツカゼ浜まで行ってみようか?」
と声をかけてきた。
「いいのっ?、おねえちゃん!」
「昨日、満月だったから。今日はいい頃あいだと思う……」
 マツカゼ浜は、小さな山を一つ越えたところにある。満月と新月の前後数日、暑さの厳しい午後頃に、子供が遊ぶにはちょうどいい深さになる。
 ただ。幼いころに両親を亡くし、祖父母と暮らすナズナとイズナは、老いた二人に山を越えて遊びに連れていって欲しいとねだるのがはばかられて。年に1度、行くか行かないかだ。でも、もう、小学の4年と6年ともなれば、二人で行っても構わないだろう、と、祖父母に確かめもせずに勝手に決める。
 胸をドキドキさせながら、二人分の水着とタオルを、箪笥からそっと持ち出した。

 家から遠くない磯は、波が荒く、岸からすぐ深くなっていて、泳げるようになるまではそこで遊んではいけないと言われていた。イズナは去年、もうちょっとで泳げるところまでいき、今年はぜひにもまっとうに泳げるようになって、祖父母の許可をとりつけたいところなのだ。
 イズナは、小づかい銭を、畑のわきの無人店の箱に入れて。小ぶりなスイカを一つ、抱える。
「重たいよぅ?、山、越えるのに」
 ナズナの頬には、戸惑いの色があった。
「重くない!」
 イズナはスイカを片脇に抱え、水着やタオル、花火をいれた袋と木刀は逆の肩に担いだ。木刀は、鞘と袋は置いてきた。以前に祖母に拵えてもらったものだが、今日はスイカ割の棒がわりだ。
 急な坂を汗みずくで登り、峠にさしかかる。眼下には小さな湾の輪郭が見てとれる。小さな湾の中に潮の流れが運んできた肌理の細かい白い砂がしきつめられていて、遠めに白いレエスのようだ。浜にはすでに点々と、子供の遊ぶ姿が見えている。
 もう一刻も早く、あれに混じりたい、と、気がせくが。イズナは、ふと姉を振り向いて、自分を抑えた。剣道で鍛えたイズナは元気いっぱいでも、もともと身体の強くないナズナは、息を切らして苦しげだ。
 イズナは、両手をいっぱいに広げた。風、こい。いい風、こい。願いをこめて念じる。イズナの心の声が聞こえたように、風が吹いた。
「うん、いい気持ち……。あとは、下り!」
 自分を元気づけるようにナズナがいう。
「帰りがあるけど」
 ぼそり、と、イズナは答えてしまってから、ちょっと反省する。姉は、泳ぎを憶えたいイズナにつきあって来てくれたのだから。
「誰かがスイカをくれたら、帰りの元気はでるよ」
 にこにことナズナが笑う。
「じゃあ、ちょっとだけ上げようかな」
 もとより姉のために買ってきたスイカを、よいしょ、と、抱えなおして、イズナは笑う。
「ちょっとかあ。ケチだなあ」
 ナズナが、膨れて見せた。

「アヤカシ子」 2

 物陰で水着に着替えて、交代でスイカのお守りに浜に残り、交代で海へ入ろうか、と考えたところで、面倒くさくなった。
「先にスイカ割りしちゃう?」
 イズナは、姉に提案してみる。
「うん!」
 砂を集めて小山をつくり、スイカを据える。
 スイカは買ったけれど、目隠しは持って来忘れた。タオルをくるりと頭に巻き、後ろを髪留めで止めたけれど、今にも落ちそうだ。
「これが落ちるまでに、仕留める!」
「仕留めるっていう?、スイカを」
 二人で笑いころげ、こっち、こっち、と姉が呼ぶ方向に木刀を向ける。
「ちょっと前、ちょっと右、それくらい」
 ナズナの誘導がいいのか、イズナのカンがいいのか、2度ほど木刀を振るっただけで、スイカはあっけなく割れた。二人並んで、かぶりつく。
「甘いねえ」
 夏の日差しのなかを抱えてきたスイカは、少し生あたたかいのだけれど、乾いた喉に甘味がしみる。
 ふと、目を上げると。少し離れたところから、男の子が二人のほうを向いている。傍らに小さな女の子がいて。とことこっと駆けてきた。……ミユ、だ。ヒワダの妹の。
 数歩先で立ち止まり、じっと二人を見ている。
「スイカ、いる?」
 ナズナが声をかけてから、いいよね、と、イズナの横顔を確認した。イズナは、ぱちり、と、大きく瞬きして、いいよ、と、伝える。
 さしだされた一カケを、ミユは受け取って。
「あの。おにいちゃんのもくれますか」
 小さな声でいった。
「ずっと、ミユをおんぶしてきてくれたの」
「いいよ」
 今度はイズナが返事をして、割れたスイカの一片を差し出す。
「ありがとう!」
 ミユは、砂の上、転んではいけないと気をつけるそぶりで、戻っていく。
「そろそろ、一月くらい?」
 ナズナが小さく言った。
「うん。それくらいじゃないかな」
 ヒワダとミユの両親は、1ケ月ほど前に行方不明になり、数日後、喰い散らかされた無残な死体が見つかった。服やなにやから、警察はそれがヒワダたちの両親だと断定した。
 そして、町の噂では。殺したのは妖魔……アヤカシだと。アヤカシに、喰われたのだと。
 それまで、イズナを普通に同級生として対していたヒワダが、ナズナとイズナを避けるようになったのは、その日からのことだ。
 遠目に。ミユがヒワダにスイカを渡すが見えた。ヒワダがそれを浜に叩きつけるのも。ミユがそれに手を伸ばす。ヒワダがスイカを、海へ向かって蹴り上げる。ミユがうつむいた。
「海、入ろうか」
「うん。準備体操!」
 わざと明るく声をあげて、イズナは視線を兄妹からひきはがし、身体を動かし始めた。
 関節を回したり、伸ばしたりして、身体をほぐす。ようやく波に身体をひたした。
 泳げるナズナは、先に泳ぎ始める。
 イズナは浮くだけ浮くのだが、ばたばたもがいても、ほとんど前に進まない。
 何度も、浮いてはもがき、浮いてはもがき、立ち上がってナズナを見て、
「足を伸ばすのか」
「肘も」
などとぶつぶつ言ってはまた浮いて、身体を動かしてみる。すいーっと前に進んだ。できるだけ同じに、動きを繰り返す。自分で自分の動きを憶えたと確信してから、立ち上がった。ナズナは泳ぎながらも、横目でイズナを見ていたらしい、続けて立った。
「おねーちゃーん!できた!」
 ナズナは声を上げて手を振る。
「おめでとー!」
 そこから先は、泳げるようになったのが嬉しくて、夢中だった。足の立たない深さの場所まで泳いでも、ちゃんと戻ってくることができた。
「これで、磯でも泳げる!」
 祖父母に見せれば、許しがもらえるだろう。
 ふと、肌寒さを感じて、空を仰ぐ。いつのまにか、雲が出て、日が翳っていた。
「イズナ!、そろそろ上がろう!」
 ナズナの声にしぶしぶ浜をめがけて泳いでいるその最中に。ザン、と音をたてて雨が降り出した。夕立だ。
「ひゃっほー!」
 浜に上がり、塩気を流せとばかり両手を広げる。
 枝をはった松の下に避難したナズナは、「何をやっているの!」とでも言っているのだろう。口にメガホンの形に手をあてているけれど、雨の音でほとんど聞こえない。
 イズナは少し足速になって、松の枝の下に入った。
 ナズナは手早く、服やタオルを雨から避けていたらしい。乾いたタオルを差し出してくれた。イズナはありがたくそれを受け取った。とりあえず髪から拭いて、湿ったタオルで身体も拭きあげる。互いにタオルで隠しあいながら、元の服に着替えた。
 枝の間から雨の様子を見ているうちに、ミユが木の下に入ってきた。
「あの……、いっしょに雨やどりして、いいですか」
「どうぞー」
 イズナはわざと陽気に答え、
「おにいちゃんは?」
「おにいちゃんは、雨で遊ぶんだって」
 ミユは、しゅん、として答える。
「ミユは風邪ひくから、だめだって」
「そっか」
 ヒワダは、単に、イズナ・ナズナと一緒に雨宿りをしたくないのだろう。
「他の人たちはどうしたかな」
 浜にはほかにも、遊んでいる子供や、つきそいの大人がいたはずだ。
「もう引き上げた人もいるけど。峠で雨だと大変かもね、滑るし」
「ごめん、私、遊びすぎた?」
「うううん、こんな降るとは思わないもん」
 松の根元に寄りかかっていると、遊び疲れた体に眠気が来たのだろう。ミユの瞼は今にも落ちそうだ。
「いいよ、寝なよ」
 松葉を集めた上に湿気たタオルを敷いたら、素直にその上に丸くなる。寝息を立て始めるのを見ていたら、イズナも眠くなってきた。松の根元で、姉の肩にもたれる。ナズナのほうも、イズナに少し体重をかけてきた。そこまで意識して、すーっと眠りに引き込まれていった。

「アヤカシ子」 3


「ミユ!、いくぞ!」
 ヒワダがミユだけを引き起こさずに、大きな声をかけてきたのは、イズナたちを起こす意もあったのだろうか。
 雨は、ほとんど止んだと言ってもいいほど小ぶりになっていたが、日は大きく傾いて、夜が近い。……アヤカシたちの跳梁する夜が。
「山越えてる時間、ないから。俺たちは近道を帰る」
 ついてきたければ、ついてこい、という様子で、ヒワダは大またに歩き出した。
 イズナは、ナズナと顔を見合わせる。たしかに、山を越えるのは時間がかかる。近道というのに好奇心もあった。
 ヒワダが向かったのは、悪ガキでないと知らないだろう、細い道だった。山を越えるのではなく、海沿いの道ともいえないような岩の上を行くのだ。たしかにこれなら、距離的には近い。しかし、岩は踏むとぐらつくものも多く、濡れて滑る。下手をしたらすぐ下の海へ落ちてしまうだろう。
 ヒワダは、ミユをしっかりと背中にしがみつかせ、足先で一つ一つ岩の安定を確かめながら進んでいく。ナズナとイズナは、ヒワダが進んだ後をなるべくなぞりながら、後に従った。
 もう町が近いころ。日はかなり落ちて、灯を燈した家もあるのが遠目に見えたところで。カラスだかコウモリだかが、海ぎわの藪から飛び出した。
「ぎゃっ」
 ヒワダの声に、水音が続く。あるはずのあたりに、ヒワダたちの姿がない。
「ヒワダ!」
 イズナは足を速めて、ヒワダの姿が消えたあたりに急ぐ。見下ろすとすぐ下あたり、ミユとヒワダがもがいている。
「これを!」
 イズナはとっさに木刀の、真剣なら刃にあたる部分を自分で握り、柄の側を差し出した。
「ミユ!」
 ヒワダは懸命にミユを支え、ミユは必死に手を伸ばしてくる。小さな手が柄にかかる。
「しっかり!」
持って、と、声をかけて。イズナは、痛いほどに強く、木刀の刃の側を握り、木刀を引き寄せる。片手で木刀を支え、もう片方の手でようやく、ミユの手首を掴んだ。けれど、力がうまく入らない。思わず、片手を岩についた、イズナが木刀を離したのと、ミユが木刀を離してイズナの手首を握ったのが同時だった。木刀が、海に落ちた。
 祖母に貰った大切なものだけれど、祖母ならたぶん許してくれる。問題は、ヒワダを引き上げる手がかりがなくなってしまったことだ。
 それでも、今はミユに意識を集中するしかない。片手だけ掴んで不安定にぶらさげた状態から、柔らかな肌を岩に擦らないよう気をつけて、引き上げる。
 ヒワダは、ミユを支えるのに苦しかっただけで、一人なら泳げるようだった。立ち泳ぎをしながら、町の方角に指をさして、
「泳いで帰る」
と合図した。悔しいけれど、イズナよりずっと上手い。
 イズナは荷物をナズナに預け、ミユを背負う。ヒワダがやっていたように、慎重に岩を探りながら、進み始めた。

 ようやく、町から見える磯の景色になってきて、イズナはヒワダを振り向いてぎょっとした。
 磯から少し離れると、海は幸い凪いでいて、イズナでも泳げそうなのだが。海から磯の岩へ上がるその数秒は、波が岩に激しく打ち付けていて、どう上がっていいものか、イズナには見当がつかない。
 ヒワダは波の間隔を見定めるように、何度も何度も振り返り、とうとう決意して泳ぎ寄って来たが、もうちょっとで岩に手がかかる、というところに、波が打ち寄せた。
 ダン、と、ヒワダの身体が岩に打ち付けられる。
「ヒワダ!」
 イズナは思わず叫び、岩から海へ滑り降りようとした。
 ヒワダは、どこか痛めたのか、水を飲んだのか、さっきまでの安定した泳ぎっぷりは見る影もなく、めちゃくちゃに手足をふりまわし、どうにか沈ますにいるばかりだ。
「イズナ! 無理よ!」
 ナズナが止めるのは、わかる。イズナはまだ泳げるようになったばかり。さっきの泳ぎを見ていたって、ヒワダのほうが上手かった。
「でも!」、このままじゃ。
 抗議しようと振り向いて。ナズナが何か手を動かしているのに気づく。
 次の瞬間。
 ナズナの手元から、火の色が発した。ひゅーんと軌跡を描いて飛び、パン!と空中で火花を爆ぜた。
「おねえちゃん!」
 それは、アヤカシに出会った時以外は、絶対に使ってはならないと、きつく言い渡された花火。アヤカシは黒い翼で飛ぶという。日が落ちた後に、町の結界の外にいるヒトを探しているという。アヤカシに襲われた時、霊武器を持つ狩人が呼べるよう、誰もが蝋引きの紙でしっかり包んで持ち歩いている、特別の花火。
「大人がくるから! もうちょっと頑張って!」
 ナズナが、海に叫ぶ。しかし、波の音のせいか、耳も水が入って聞こえないのか、ヒワダは、少しでも磯に近づこうともがいては、波に巻かれて沈みかける。
 町から近いだけあって、数分で、待ち人は来た。油で走る、バイクと呼ばれる鉄馬に乗れるのは、この町ではアヤカシを狩る者だけだ。
「どうした?」
「ごめんなさいっ。アヤカシではないんですっ、あの子を……」
 顔をしかめた狩人は、少女たちの指さす先に視線を転じて、表情をかえた。
 手早く上着を脱ぎ、鮮やかな姿勢で海へ飛び込む。泳ぎに巧みな大人の速度で、ヒワダに泳ぎよるその途中で。
 力尽きたように、ヒワダの姿が水面から消えた。
 狩人は、一瞬、海面から伸び上がるようにして深い息を吸うと、続いて水面から消えた。潜水したのだ。
 時間にして、おそらく数十秒。
 息を呑んでいる少女たちの視界、狩人がヒワダを脇にかかえて、水面に上がってきた。
 先ほどのヒワダの苦労がウソのように、あっけなく岩に泳ぎより、ヒワダを岩に押し上げる。続いて、自分が陸に登ると、ヒワダを抱き上げ、岩の間のわずかに砂が溜まった場所に横たえなおした。
 ヒワダは、意識がない。
 人工呼吸を試みようとする狩人を押しのけるようにして、ナズナがヒワダの肩に手を当てる。
「ヒワダくん!、ヒワダくん!!」
 外から見れば、何度か名を呼んだだけ。ヒワダが、ゆっくりと瞼を上げた。まるで交代のように、くたり、とナズナの体が崩れ落ち、イズナはあわててナズナを抱き支えて、ヒワダから引き離す。
 狩人に手を添えて貰って、ヒワダはゆるりと立ち上がった。
「怪我はなさそうだな、気分は悪くないか?」
「はい」
 ぼそ、と返す。
「大丈夫だな?」
 帰りの身支度を始めた狩人の傍ら、
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
 イズナが小声で呼んでいるうちに、ナズナも意識を取り戻し、狩人に頭を下げた。
「花火、使ってすみませんでした」
「あれは、アヤカシを知らせるためのもんじゃない。アヤカシに人が殺されるのを防ぐためにある。……命がかかっていたら、使っていいんだ」
 狩人は、少年が意識を回復したらほっとして気を失った……ように見える少女に、柔らかな笑みをむけると、バイクで去った。
 声が聞こえないほどに狩人が離れたとき。
「オレに何をしたんだ!」
 ヒワダが叫んだ。声が震えている。
「おねえちゃんは、ヒワダを……」
 狩人には判らなくても、イズナには判った。ナズナは、子犬を助けるのと同じ力を、ヒワダに使ったのだ。小さな生き物を助けるのでも、その力を使うと、ナズナはいつも疲労困憊する。その度合いは、相手が大きいほど、そして死に近いほど、ひどくなる。
「何で助けたんだよっ!」
 ヒワダの勢いに気おされて、イズナは黙る。アヤシの力で救われるくらいなら、死ぬほうがマシなのだろうか。
 ヒワダの目がぎらぎらしている。今にも殴りかかりそうに、それとも、自分を自分で押さえるかのように、腰の脇で両の拳を硬く握る。
「オレ……、オレも……、なんか違うものになるのか?、あの力が入ったの、自分でわかった、あの力が入ったら、今までのオレと違うのか?」
 ああ。ヒワダはおびえているんだ、と、イズナは理解する。
 ナズナが、ヒワダに、かぶりをふった。
「今日、スイカ食べても、明日はお腹がすくでしょ? 今日、力をあげても、明日はもう消えてしまうよ」
 そのとき、つん、と、ナズナの衣服が引かれた。
「おねえちゃんが助けてくれたの?」
 振り向けば、ミユがナズナのブラウスの裾をにぎっている。
「……すこしね、力をあげただけ。スイカを分けてあげるのと同じくらいだよ」
 倒れるまで力を与えて、それはないだろう、と、イズナは思うが。ミユは、こくん、と頷いた。
「おにいちゃんに、分けてくれて、ありがとう」
 ナズナが微かに笑んで頷き返すと、ミユはめいっぱいの笑顔になった。くるり、と兄に向きなおり、首にしがみつく。
「おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん」
 途中から涙声になる。
 ヒワダの、拳が解ける。掌が、ミユの背に沿う。
「おにいちゃんー」
 ミユがわんわんと泣き出した声の隙間で、
「秋の学期からさ。転校すんだ」
 ぽつり、と、ヒワダが言った。
「遠くの親戚の家に……」
 言葉は曖昧に途切れて、本当は行きたくなかったのだろうと知れた。
「親父とお袋に連れてきてもらった浜だから。見て、おきたくて」
 途切れ途切れに継ぎ足される言葉。
「うん」
 ナズナが笑んだ。ありがとう、というように笑んだ。終業式の日に言えなかったこと、言わなかったことを、今、ナズナとイズナにだけ言ったことに。
 ヒワダの唇が震えた。ありがとう、とか、ごめん、とか、そんなことが言いたかったようにも見えたけれど。結局それ以上、何も言わず、ヒワダはミユの手を引いて、ナズナとイズナに背を向けて歩きだした。
「おねえちゃん?」
 何か言わなくていいのか、少し戸惑って、イズナはナズナの顔を見上げる。ナズナは、手をのばし、イズナの髪をくしゃくしゃと撫ぜた。撫ぜた、だけだった。

 家に帰った二人が、無断で遠出をしたことを、祖父母からきつく叱られたというのは、また別のお話。

「アヤカシ子」了

「風霊の祭り」1

 精霊(ア=セク)が棲まう、アスワードと呼ばれる世界。この世界にも、この空域あたりには四季がある。いまは夏。
 風霊(ウィデク)センティスが、 空に小さな紋章が閃いたのを見つけたのは、幼い娘シェーヌを連れて、風を楽しんでいたときだった。三百年に一度の大祭祀、近接(タゲント)の折のような華麗なものではない。風霊(ウィデク)だけを呼ぶ、ささやかなものである。
「あれは、なに?」
 銀艶をもつ淡茶の髪をふわと揺らし、少女の姿のシェーヌが、センティスを振り仰いだ。シェーヌが好んで身につける白く柔らかなドレスも髪に合わせてなびく。
「風の祭、だそうだ」
 センティスは、紋章を読み取り、シェーヌに教え、
「いってみるか?」
 ためらいながら、言葉を足した。シェーヌは生後十八年ほど。精霊(ア=セク)の生後十八年は、人間のそれとは異なる。自分の周囲に対する知識は十八年分あるが、物事を深く考える根気や、己の感情を律する力は人間の幼児なみ。通常であれば触角や蹴爪を備えた幼形である。それが大人の精霊(ア=セク)のように少女の姿をとれるということは、シェーヌの霊力(フィグ)が常より大きいことを示す。
「どこに?」
「もう少し、南だそうだ」
 どの空域だかは、紋章に示されている。
「ぴょん、て、行く?」
 小首をかしげて尋ねる仕草は、本来の年齢にはふさわしいが。少女の姿形にはいささか不似合いなほど、幼い。
「ああ、遠翔(テレフ)でな」
 センティスはふわりと近づくと、幼い娘の首に遠翔(テレフ)霊術具(フィガウ)をかけてやる。娘はキラキラと笑い、センティスの胸がかすかに痛んだ。センティスは現王の従兄弟という血筋だが、生まれつき霊力(フィグ)には恵まれなかった。なんの因果か、娘シェーヌは先祖返り的に霊力(フィグ)が強い。普通の精霊なら、子供には霊術具(フィガウ)は使わず、ただ手を引いて飛ぶ。シェーヌの霊力(フィグ)は暴走しがちで、下手に体に触れると、思考を勝手に読んだりする。いつも、ではないが、きまぐれというか、まだらにそんなことが起きるのだ。だから手を触れずに済む、霊術具(フィガウ)を使う。
「ほら翔ぶぞー」
 声をかけてやると、シェーヌがこくりと頷く。揺れる髪、揺れる服。精霊(ア=セク)は自分の望む姿に成長する。シェーヌの髪の色も、好む服の色も、父に似ていた。ひたむきに父を慕ってくれる娘であることを、センティスは正しく理解している、のだが。
「ぴょーん!」
 シェーヌは、声に出して。父の力を感じると同時に自分も「跳ねた」。

「風霊の祭り」2

 景色が変わり。シェーヌは、青い空のただなかに、一人でいることに気づく。父の姿がどこにも見えない。上下左右を見回すが、風霊(ウィデク)の姿は一つもない。
 以前もこんなことがあって、「遠翔(テレフ)のときには、大人しくしていろ」と言われたのに、またやってしまった、祭という語のもつ賑やかな予感に浮かれたのだ。親の精霊(ア=セク)が子供をつれて遠翔(テレフ)するとき、普通、子供は迷子になんぞならないという。親はなかば無意識に子供の力を縛るからだ。それがどうしてシェーヌに限ってしばしば親にはぐれるかというと、親の力が弱くて、子の力が強く、おまけに制御が足りないからだ。
「また、叱られる……」
 それも悲しいのだけれど。父の、自分の弱さが侘しいような、シェーヌの強さに戸惑ったような表情を、見なければならないのが、一等辛い。父は一度も言葉にはしないものの、母が父の元を去ったのも、シェーヌに振り回されて悩む彼女を慰める男に恋したせいだと、シェーヌはすでに悟っていた。風霊(ウィデク)の子は、風さえあれば勝手に育つ。だから、子育ては、それほど重い義務とはされない。子より恋を選んだ母を咎める者はいないが、だからといって父が淋しくないわけではない。
「父上にも、はやく素敵な恋人ができますように」
 そのためには、自分が邪魔だということを、シェーヌは内心理解していた。少しでも早く大人になりたくて、背伸びするように少女の姿をとってはみても。「力を抑える力」はいっこうに姿形に追いつく成長はしてくれない。
 見下ろす下界は奇妙に平らで、なにやら蠢いて見えた。シェーヌは、霊力を暴走させた直後なのでさすがに慎重に、そっと体を丸めて、高度を下げた。下界が十分見えるところまで降りて、すいと両手を広げ、高度を保つ。目をこらせば、眼下はすべて水だった。それが、四方全部、視界が果てる先まで続いている。じゃばじゃばと音をたて、不思議な匂いがする。風は、湿って重い。
 海を見るのは、初めてだった。海という語は知っていたが、目の前の水の連なりとは結びつかず。潮騒という語は、知らなかった。見慣れぬ光景に囲まれ、心細さにシェーヌの頬を涙がこぼれ落ちる。父親の元に帰りたくても、遠翔(テレフ)が時々できるのはあくまでも霊力(フィグ)の暴走で、望んだときに望んだ場所へ飛べるわけではなかった。父の居所も、どれだけ離れているのかも、よくわからない。
 シェーヌは、えくっえくっとしゃくりあげて泣いた。
「シェーヌ、か?」
 突然声がしてシェーヌはびくりと顔を上げた。
 さっきまで確かに一人だったのに。目の前に風霊(ウィデク)の男がいる。儀式の衣をつけ、夏の陽光の下、橙金の髪をなびかせている。威厳はあるのだが、怖いとは思わない。怖いと思う余裕がないほど、きれいだと、シェーヌは思った。
「センティスの娘か」
 問いを繰り返されて、見とれていたシェーヌが、あわてて頷こうとしたとき。風霊(ウィデク)がついと近づいて、肩を抱き寄せられた。父さえめったに触れない体に、躊躇いもなく触れられて、シェーヌは身を硬くする。けれど、幼い頃に父に抱き寄せられた記憶が、頼りない柳の枝にもたれたようだったとすれば、この男は樫の幹だった。霊力(フィグ)の強さが硬い殻をなし、シェーヌの霊力(フィグ)が多少暴走したところで、心を盗み見ることなど出来ないだろう。それが直感的に判った。
 次の瞬間。ざん、という音とともに、下界の水が巨大な飛沫を上げた。飛んでくる水の弾丸を、しなやかな空気の皮膜が防ぐ。風霊(ウィデク)の男が結界を張ったのだ。
 白い飛沫の束ねの内から、大木ほども太さのある長竜が、空へぐんと跳ね上がった。青い空と白い雲の描く(まだら)模様を背景に、銀の鱗が(きらめ)く。鋭い長角が、空を裂くようだ。全身に纏いつく水滴が霧のように散って、小さな虹の花が咲いた。
「私に、所用か」
 風霊(ウィデク)の男が、霊力(フィグ)で声を強めた()の術でもって、竜に呼びかける。シェーヌの肩口を支える掌に、お前は案じなくてよい、というように力が篭った。
「過去を忘れはせねど、孫子(まごこ)に恨み報ずるほど愚かでもなし」
 語、というより、意。想いの塊のようなものが、シェーヌを打った。風霊(ウィデク)の男も解したのだ、シェーヌの肩にある手がわずかに強張る。
 二人のはるか上まで跳ねあがった長竜は、天空に腹を向けて方向を変え、今度は頭を下に落ちてくる。その頭部が二人の結界のすぐ横を過ぎるとき、薄青の宝玉のような瞳が、シェーヌを見つめた。
 再び、音と飛沫を上げて、竜の姿が水中へ落ちる。ばらばらと跳ねる水滴は結界に消え、風霊(ウィデク)の男がほうと息を吐いた。
「去った、ようだ」
 来ることが一瞬前に解って、結界に入れてくれたのと同じく。去ったこともわかるのだろう。シェーヌは霊力(フィグ)を海中に向けようとしてみたが、うまくはいかなくて、すぐに諦めた。
「あれは?」
 シェーヌは風霊(ウィデク)に尋ねながら。あれ、と呼んではいけないような気がした。だが、彼、と呼ぶのも違和感があった。
「海竜だ。減り果てた水霊(オセアク)の末裔とも、不死変異の竜とも言うが。生粋の竜ではあるまい。竜は、話せない」
「名前は?」
「知らぬ。あるかどうかも、知らぬ。もう、数百年だか千年だか、海竜はあれ一体しかいない。海竜と言えば、あれのことだ」
「恨み、って言ってた……」
「昔、海竜は風霊(ウィデク)の娘と愛を交わして、女の子を設けた。子供を六百年前の近接(タゲント)の巫女にと請われて、母親は我が子を守るために付き添い、近接(タゲント)の戦で妖魔(ヴァン)に斬られた。妖魔(ヴァン)が海に近づかないのは、海竜を恐れるからだ、とも言う」
 昔、悲しいことがあったんだ、と、シェーヌは思う。陽光にきらきらと輝いていた、銀色の竜。力に溢れているのに、大切な者を亡くしてしまって。たった、一人なのだ。
「きれい、だった」
 風霊(ウィデク)の頬を、笑いの気配がかすめた。
「恐ろしくは、なかったのか? ……今日のことは、他の精霊(ア=セク)には言うな。海竜は滅んだと信じる者も多い。好奇心で海に近づいて、いらだたせでもすると、今回ほど穏やかには終わらぬかも知れぬ」
 風霊(ウィデク)の目が少し険しくなる。
「父上にも、言ってはだめ?」
「センティスか……、センティスには言ってもよいが、私が他言無用と言っていたことも伝えてくれ」
「うん」
 シェーヌは、こくりと頷く。
 遠翔(テレフ)の力強い霊力(フィグ)が、シェーヌを押し包んだ。

「風霊の祭り」3

 圧迫感が消えると、父が、目の前に、いた。シェーヌを連れに来てくれた風霊(ウィデク)を見て、驚いたように頭を下げる。シェーヌは、男に背を押されて、するりと空を滑り、父に寄り添った。風霊(ウィデク)の男は、振り向きもせずに、空にそびえる入道雲のほうへ、飛び去って行く。
「あれ、誰? 父上のこと、知ってた」
「オーリン王だ。……名乗らなかったのか?」
 センティスが苦笑する。祭りの場に着いて、シェーヌが霊力(フィグ)の暴走でどこかに跳ね飛ばされてしまったのに気づいた。センティスの霊力(フィグ)では居場所を追いきれないほどに遠かった。困りきっているところに、オーリンに「今日は一人か」と声をかけられた。「娘のシェーヌとはぐれまして」と答えたとたん、オーリンの姿は、遠翔(テレフ)の気配と共に、掻き消えて。連れて来てくれたと思ったら、説明も挨拶もなく、祭りの中心へと戻って行ってしまった。
「王子のころは、もうちょっと、愛想が良かったんだがなぁ」
 センティスにしてみれば、昔はともに遊びもした、歳の近い従兄弟だが。三百年前の近接(タゲント)の戦でオーリンの父が戦死して、王位を継いでから、オーリンは少し遠い存在になった。王妹ラローゼが王が命じた任務を捨てて王宮を去ってからは、ことさらに近寄りがたくなったようにも思える。
 父の返答に、シェーヌは頬をふくらませた。王さまのことを、そんな風に言うんだったら、海の竜のことは教えてあげない、と、シェーヌは思う。とっても、とっても、きれいだったんだから。
「ね、王さまは、近接(タゲント)の巫女を決める人?」
「決める、というか。……巫女になれる者はあまりいないからな。有格の者に、役を果たせと命じることはあるらしいが」
「そう、なんだ」
 シェーヌは、王の姿を目で追う。
 王は、入道雲の周りで踊る数十の風霊(ウィデク)たちの、中心にいた。風霊(ウィデク)たちは、音をたてて吹き荒れる風に乗りながら、風を喰らい踊っていた。ある者は弦を張った楽器をつまびき、ある者は歌う。アスワードでは、嵐が人の街を破壊することはほとんどない。嵐は、世界中の風霊(ウィデク)が集まって食ってしまうから。
「シェーヌも、風を食べに行っていい?」
「シェーヌは、大きくなったらな」
 制御力がないことをいま目のあたりにしたばかり。やはりこの子に、風の荒れる入道雲の中で存分に風を食べさせるのは、早すぎるようだ、と思う。
「あんなにきれいに、踊れるようになったら?」
「そうだな」
 そのころには、この子も自分の力を御せるようになっているのだろうか。センティスはひそかにため息をついた。
 風が喰われ嵐の音はだいぶん弱まった。風霊(ウィデク)たちは満腹の表情だ。それを見回して、王が、
「雨を望む者は?」
 と声を放った。「フェキの山麓に」「トキホあたりの森に」口々に風霊(ウィデク)たちが答える。だいたいは親しい樹霊(ジェク)の棲まう地である。
 王は、軽い仕草で、印を結ぶと、すっと、振った。
 もくもくとした厚みの裾に黒い影をはらんでいた雲が、淡く白く薄い布を延べるように伸びて、水平線の彼方へ消えてゆく。風霊(ウィデク)たちが望んだ場所、数百kmの空の彼方に、柔らかな雨を降らせる程度の雲が、送り届けられるのだ。
精霊(ア=セク)に栄えあらんことを」
 王の儀礼的な挨拶のあと、風霊(ウィデク)たちはてんでに遠翔(テレフ)で去っていく。
「すごーいね!」
 雲が駆け去る光景を見て興奮さめやらぬらしい娘に、センティスは小さく肩をすくめた。
「うん、まぁ、な」
 先代の王は、こういうとき、王妃に雲で空に文様を描かせ、それを王の力で広げていった。もっとずっと派手やかで、美しい儀式だったのだ。オーリンは、必要なところに必要な雲を届けるだけ。地味というか、堅物というか。「王は王位をお楽しみにならぬ」と先代の王を知る者たちからは、眉をひそめられる。色恋を重んじる風霊(ウィデク)たちの中には、三百年近い治世を孤閨で過ごしたオーリンを、「理解しがたい」と断言する者もあった。
「うん、まぁ、后がいらっしゃらないから、かな」
 小さく独り言をいったセンティスは、
「じゃあ、シェーヌがお后さまになる!」
 という娘の答えに、そのときは吹き出した。
「シェーヌがお后さまになればいいと思わない?」
 あまりしつこく同じことをいう娘に根負けしたセンティスが、だめでもともと、と、とオーリンに娘を勧めてみるのは、この少し後のことである。

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・小説の連載ができる。
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  ・トップページ、記事ページ、その他のページが別レイアウト。
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◆素材など
・写真はすべて自分で撮影し、自分で加工したものです。
・カスタマイズは、FC2公式[pink_2column]を元に行いました。……見る影もないです^^;

「告存晶-レペィキスタ-」1

麻生新奈  精霊(ア=セク)が存在する、アスワードと呼ばれる世界。
 アスワード世界の精霊(ア=セク)たちは、記録が尽きるほどの遠い昔から、代々、王を戴いてきた。王は、精霊(ア=セク)同士の諍いの調停者であり、祭りの召集者でもあった。精霊(ア=セク)たちは、そういうものだと思っていたし、王がいて、王の指名する後継者がいるのが、あたりまえの状態だった。歴代の王を見ると、後継者は、王の息子か娘であることがほとんどだった。
 ところが現王オーリンは妻を持たず、当然、王子も王女もいない。だが妹を後継者に指名していたので、精霊(ア=セク)たちはあまり心配しなかった。精霊(ア=セク)は長寿で、生きることに飽きるか、霊武器(フィギン)で斬られるかしなければ、何百年も生きるのだ。
 ところが。王妹は(ユム)に恋して、王位継承権を返上した。
 精霊(ア=セク)たちは、根本的に脳天気でお祭り好きである。「王妹が王宮を捨てるとは何事か」と怒るより先に「では王に后を娶っていただかなくては」と発想する。
 というわけで、王宮には他薦自薦を含めた王妃候補が次々訪れている、と風霊(ウィデク)センティスは噂に聞いていた。

 精霊(ア=セク)王の棲まいは、とある高山の、頂上近く。巨石が組み合せたような洞窟である。巨石を磨き、金や宝玉の煌く細工物を嵌めこんで飾られた玉座の間。多くの記録の晶を収めた術庫、武器や宝物を収めた蔵。精霊(ア=セク)王が予知の夢を見るために寝む私室。風霊(ウィデク)の王の宮は、どの窟も風がひょうひょうと吹き抜けて、不思議な音を奏でている。
 王宮を訪れたセンティスは、飾りを磨く匠精(メト)の一人に、オーリン王の居場所を尋ねた。
「オーリン王は術庫にいらっしゃいます」
 匠精(メト)は小柄な精霊(ア=セク)だ。センティスを見上げて、慇懃に答える。
「オーリン王に御后候補が引きもきらないという噂は本当なのか?」
 尋ねてみた。
「引きもきらない、とまで、言いますのかどうか。……何人かは、王宮までいらっしゃいました」
「もてるのか、王は」
 匠精(メト)は、目をくりくりさせて、直接の答えを避けた。
「いらっしゃるのですが。数日でお帰りになります」
「数日は、速いな」
 王とはいえ、センティスには従兄弟にあたる。つい軽い口調になった。
「なんでも、王は、政むきのことしか、話題になさらないとかで」
 センティスは溜息をついて、匠精(メト)にわずかばかりの霊力(フィグ)を与えて礼をする。
 センティスは、先々代の王の孫に当たるのだが、霊力(フィグ)に恵まれていない。しかし娘シェーヌは、先祖返り的に強い霊力(フィグ)を持ち、しかもそれを上手く制御することが出来ない。そのことが原因で妻は去り、センティスは父一人娘一人で、風に乗り、世界を巡っていた。その娘が、精霊(ア=セク)の祭りの際に王に会い。
 王に、恋を、した。
 今日は、愛娘は、王宮の外に待たせてある。オーリン王は、匠精(メト)のいうとおり、術庫にいた。
 術庫にも、風が吹いているが。術や歴史を記録した晶は、その風とは無関係の動きで、するりするりと宙を舞い。庫の中心にいる王に近づいては、王と対話するように見える。無論、晶には意思はなく、王が霊力(フィグ)で晶を繰っているのだ。
 センティスが庫を覗き込んで数秒で、晶は巣に帰る小動物のように渡し木の棚に戻り、王が振り向いた。
「用向きか? 玉座の間のほうがよければ」
「いや、ここでいい」
 センティスは慌てて答え、
「調べ物か?」
と聞いてみた。歴代の王のなかには、調停にあたっても「直感的に」裁定を下していた者もあるらしいのだが。オーリンは、調停の願いの周辺の事情を綿密に聞き取った上、先例に当たって調停を下す。術庫にいる時間も、歴代の王の中でも多いらしい。
 だが、オーリンの答えは、調停に関するものではなかった。
「ああ。実の子や兄弟姉妹以外に王位を継承するときに、どんな儀が必要なのかと思ってな」
「なんだ、王妃の候補が次々来ていると聞いたが、王自身は諦めたと?」
 センティスは軽口のつもりだったが、オーリンは思いがけぬほど苦い顔になる。
「后を得たところで、子が生まれるとは限らない」
 なんだか、話が切り出しにくいほうに流れているような気がしつつも、ここで思い切って言わないと、と、センティスは、心の中で気色ばんだ。
「実は、だな。そのことなんだが」
「そのこと?」
 オーリンは、センティスが何を言い出すのか、予想がつかないようだった。
「后の、ことだ。うちの娘……、シェーヌでは、どうだろう?」
「センティスの? ……まだ、子供ではなかったか?」
 シェーヌは生後十八年、精霊(ア=セク)の十八歳は、人間でいえば幼児ほどの年齢である。
「そうだよな」オーリンの返答にがっくりきて、センティスはつい気のぬけた言葉使いになる。「無理だよな。いや、娘が祭りで王にお会いしてからというもの、どうしても伺ってほしいと聴かないものだから」
「継嗣なら、ともかくも」
 なかば独り言のようにオーリンが言ったのをセンティスは聞き逃さなかった。
「ほんとかっ」
 思わず声のトーンが上がったセンティスに、対するオーリンの声は低い。
「后も子もない王としては。王位を継いでくれる継嗣なら喉から手が出るほど欲しい。当然だろう?」
 その声音には、センティスの言葉をまるで信じていないように、揶揄の色を含む。
「養子としてでも……、俺にはもう我が子と呼ぶなというならそれでも……」
「手放したいのか?」
 オーリンの視線が、冷たくセンティスに突き刺さる。その鋭さに抗うように、センティスは、言葉を喉から押し出した。
「あの子を嫌うわけでも厭うわけでもない。ただ……」言い始めると昂ぶって、声が、高くなる。「俺といては、あの子は、歪んでしまう。ついこの前まで無邪気で好奇心がいっぱいの子供だったのに、この頃、何をするにも俺の顔色をうかがって。何々をしちゃダメだよね、って、諦めたように聞く。俺は、もっと大きくなってからな、としか答えられない。俺の力では、あの子の霊力(フィグ)が暴走したら抑えられないし、力の制御を教えてやることもできない。王宮なら俺より遥かに強い者たちが次々訪れるだろう。王の養い子ともなれば、シェーヌが教えを乞うても、断られもしないだろう。無論、自分の霊力(フィグ)の不足を言い訳に、ムシのいいことを言っているのは判ってる。だがこれ以上一緒にいても俺にはしてやれることが何もないんだ」
 オーリンの表情から揶揄の色が消えた。すい、と、視線をそらす。数秒の沈黙が、落ちた。オーリンは、センティスを見ないまま、口を開いた。
「シェーヌと私と、一対一で、話をさせてほしい。それで私が出した条件を、シェーヌが了解するなら、私の継嗣として王宮に迎えよう。連れてきているのか?」
 ダメでもともと、だと思っていた事態が急展開してみると、自分が言い出したことなのに、センティスはうろたえた。
「連れては、来ているが……」
 オーリンが、最前の冷たさが嘘のように、頬を緩めて笑みを見せた。
「……準備の時間が欲しいのであれば、いかようにでも」
 センティスは溜息をつく。……俺、いま露骨に、心の準備ができてない、って顔をしているんだろうな。
「面目ない、告存晶(レペィキスタ)を交わす間だけ、時間をいただきたい」
 
 王宮のある厳しい山の山腹、とりわけ鋭い風の通うあたりに、シェーヌは、いた。
「父上!」
 近づくセンティスを見つけて、飛んでくる。銀艶をもつ淡茶の髪と、白く柔らかなドレスが、後ろになびいて、ふわりと揺れる。思考や理解力は人間の幼児なみなのだが、霊力(フィグ)の強さゆえに、外見だけは少女のものだ。
 センティスのすぐ傍らまで飛ぶと、空中で両手を後ろに組んだ。シェーヌの霊力(フィグ)が暴走すると、体に触れただけで、思考を勝手に読んだりする。そんなことがあってから、シェーヌはセンティスに抱きつかなくなった。
「ね、王様、なんて?」
 満面の笑みで、答えを待っている。
「シェーヌを王妃に、と申し上げたら、断られた」
「そっかぁ」
 しゅん、と笑顔が消えた。
「だが……、養い子としてなら、王宮に迎える、と」
 センティスにも意外だった選択肢を聞いて、シェーヌが目を瞠る。
「王様の子供になるの? 父上の子供じゃなくなるの?」
 センティスは、かぶりを振った。
「オーリン王の、次の王になる、ということだ。シェーヌは女の子だから、女王様だな」
「王様のそばにいられるんだよね?」
 おずおずと聞いてくる。どうやらそこが、恋する少女にとって一番重要なポイントであるらしいのが、微笑ましい。
「そうだな」
 シェーヌは幼いなりに真剣な表情で、小さく首を傾げ、懸命に事態を理解しようとしていていたが。しばらく考えると、諦めたように、ちょっと口を尖らせた。
「父上は、どうしたらいいと思う?」
「王宮にいれば、いろいろな精霊(ア=セク)が訪ねてくる。とても強い精霊(ア=セク)もいる。霊術を習うこともできるし、きっと霊術以外にもいろいろなことを教えてくれる。女王になるんだからな」
「父上も、来てくれる?」
「ああ」
 会えなくなるわけではなかった。だが、生まれてからこれまで、ずっと傍らにいた娘である。さびしくないわけが、なかった。
告存晶(レペィキスタ)を交わす間だけ、王に時間をいただいてきた。……俺にも、シェーヌの告存晶(レペィキスタ)をくれるかい?」
「うん!」
 シェーヌは、腰の飾り輪に吊った、小さな籠を撫ぜる。それは、母親が二人の元から離れたときに、シェーヌに渡したものだった。
 告存晶(レペィキスタ)は、精霊(ア=セク)であれば誰でも作れる、基本的な霊具で、とくに霊術はこめられていない。精霊(ア=セク)は、不老とされ、体の病はなく、鉄の武器にも傷つかない。ただし、生に飽きると消滅する。霊術をこめた霊武器(フィギン)では、殺すこともできる。告存晶(レペィキスタ)は、作り手が死ねば消え、そのことによって死を知らせるのだ。
 家族や恋人、ごく親しい友同士が交わす。シェーヌの母は、娘には告存晶(レペィキスタ)を渡したが、娘からは告存晶(レペィキスタ)を求めなかった。シェーヌが幼すぎて、作りきれないだろうというのはあったけれど。シェーヌの今後が気にならないという意思表示にも見えた。
「籠を誂えないといけないな」
 精霊(ア=セク)は、風霊(ウィデク)地霊(ムデク)樹霊(ジェク)匠精(メト)に大別され、得意なことが異なる。匠精(メト)霊力(フィグ)を支払えば、金属や貴石で飾った籠を作ってくれるだろう。王の養子とその父が交わす告存晶(レペィキスタ)のためであれば、センティスの霊力(フィグ)でも不足だとは言わないだろう。だが。
 センティスは、誰にともなく、かぶりを振った。
「ディワに、頼んでみようか」

 ディワは、王宮から半日ほど飛んだところに住む女性の樹霊(ジェク)で、シェーヌよりは少し年上だが、精霊(ア=セク)の中では年若い。樹霊(ジェク)の生命の源である本樹は、遠くから見ると、円錐の輪郭をもっていた。近づくと、まっすぐな幹から、地面に水平な枝を伸ばし、そこから細かい枝が茂り、さらに細い針のような葉を無数につけているのが判る。直線を幾重にも重ねた本樹の姿は、ディワの気性とあい通じるものがあった。
「ディワ!」  センティスが呼ぶと、本樹の幹から、するりと樹霊(ジェク)が抜け出てくる。肩口まである深緑の髪、樹皮よりやや薄い淡茶の肌、淡金の虹彩に鬱金の瞳を点じた眼。センティスとシェーヌの姿を認めて、晴れやかに笑んだ。  ディワは、シェーヌのことを、ずいぶん可愛いがってくれてもいた。精霊(ア=セク)は、子供が少なく、本樹からあまり離れない樹霊(ジェク)にとって、会う機会がある者はさらに少ない。若いディワにとって自分より年下の精霊(ア=セク)が珍しいらしい。
「シェーヌを王宮に預けることになってな。告存晶(レペィキスタ)を交わしたい。ついては、籠を作ってもらえないだろうか」
 センティスがそんな言い方をすると、ディワは、対価も聞かずに頷いた。
「私が作れる木細工でいいのなら」
「助かる、対価は、雨が少ないときに、雲を連れて来る」
「シェーヌの一人立ちのお祝いですもの、対価なんて、なくても」
「そうはいかんさ」
「では、今でもいいですか? このところちょっと雨が少なくて。私の本樹はまだまだ大丈夫ですけど、川むこうのお気に入りの花が萎れかけているんです」
 ディワは、にこりと言う。たぶん、それは、嘘ではないだろう。だがディワの気遣いでもあろうのだろうと、センティスは思う。対価が済むまでは、借りているのと同じだ。対価を今済ませてしまえば、センティスとシェーヌは「借り物」ではないものを贈りあえるのである。
「判った。雲を探して来よう」
 センティスは、心づかいへの礼もこめて、ディワに軽く頭を下げる。
「シェーヌも、……行ったら、だめ?」
 シェーヌが、上目づかいに、センティスに尋ねた。普段なら、待っているように言い聞かせるところだが。今日だけは、シェーヌを連れて行こう、と、センティスは決めた。
「シェーヌもおいで」
「うん!」
 シェーヌの表情がぱっと輝いた。小さく首をかしげて、霊力(フィグ)が広がるのがわかる。
「あっちのほうに、雲があるよ」
 遠くない。この距離ならセンティスにも判るのだが。嬉しそうに先に立って飛び出したシェーヌに、センティスは、そのまま従った。

 風霊(ウィデク)は風を繰ることができるが、雨を降らせるほどの雲となると、小さな雲をちまりと運ぶわけにはいかない。遠くから見たときは、下端に影をはらみ、もくもくと膨らんだ、一塊の入道雲でも、近づけば見渡す限りの濃い霧である。
「これを、運ぶの?」
 シェーヌは浮き浮きと言う。
「雲の全体を、風で押すんだ」
「うん!」
 と言い終わるのも待たぬ速さで、風が起きる。シェーヌの霊力(フィグ)が、起こしたのだ。鋭い風は、雲に突き刺さり、分断しそうになる。
「少し、離れよう。全体を見るんだ」
 センティスが、風の音に逆らって声を放つと、シェーヌは、ポンと自分を投げるような勢いで、雲との距離を取った。風が雲を殴る、塊だった雲がくびれる、雲から伸びた突起の形の霧を押し戻そうとして風を送ると、突起は空に散ってしまう。
「シェーヌ!」
 焦りきった表情のシェーヌに近づき、なんとか落ち着かせようと声をかけるが。
 シェーヌは、崩れ始めた雲をどうにかしてまとめようと、風を作っては吹かせる。雲は、いっこうに思う通りにならず、むなしく散って薄くなってゆく。
「シェーヌ。もう、いい」
 センティスがシェーヌを止めたときには。雲はまったく消えたわけではなかったが、とても雨は運べぬほどに薄くなっていた。
「ごめん……なさい」
 シェーヌは、うつむいた。
「いいさ。別の雲を探すか」
「あっちにも、ある、けど」
 雲のある方向を指さして。
「ディワのところで、待ってる……」
 シェーヌの声が小さく震える。
「わかった。ディワに頼もうな」
 センティスは、シェーヌが付いてくるのを確かめながら、ディワのいる森へ飛び始めた。

「告存晶-レペィキスタ-」2

「すまん、しばらく、シェーヌを預かってもらえるか」
 本樹の前で呼ぶセンティスの声に、ディワは、するりと樹の内を抜け出して、精霊(ア=セク)の姿を取った。上機嫌で出立したシェーヌはしょんぼりとうつむいて、唇をへの字に結んでいる。
「いいですけど……」
「シェーヌ、いい子で待ってるんだぞ。ディワ、すまんな、頼む」
 再び詫びて飛び立つセンティスを、シェーヌはふにゃりと手を振って見送っている。
「どうしたのか、聞いてもいいかな?」
「シェーヌの風が強すぎて、雲が散ってしまったの」
 シェーヌの力の制御が拙いことは、ディワも、シェーヌの母の愚痴で知っていた。
「そう……」
 別れを目前にしているからこそ、センティスもシェーヌを伴ったのだろうし、シェーヌも常以上に張り切ったのだろう。慰めてやりたくても、どう言葉をかけていいか、分からない。
「ねえ、籠を作りに行きましょうか」
「いいの? まだ、雨が降ってないのに」
「センティス殿は約束を守る方だもの。シェーヌの分を先に作っておけば、センティス殿が戻られてから、すぐセンティス殿の分に取り掛かれるでしょ」
 ディワは本樹の枝に軽く触れた。枝は枯れ葉のようにほろりと落ちたが、その葉っぱはみずみずしく、緑のままだ。樹霊(ジェク)が本樹を離れるときは、小枝を携えて、本樹との霊力(フィグ)の絆を結ぶのだ。
 ディワは、とん、と軽く地面を蹴って宙に舞うと、そのまま鳥の姿を取った。茶色の濃淡の羽の鳥は、小枝は嘴に咥えている。樹霊(ジェク)は、風霊(ウィデク)ほど飛ぶのが得意ではなくて、飛ぶときはこうして姿を変えるのだ。
 シェーヌの先に立って飛ぶ。ちゃんと付いてきているのを確認し、少し緑のあせた、乾いた色の森を眼下に見ながら飛んでゆく。
 その葉末の連なりに、奇妙な影が落ちるのに気づいた。一つはもちろん、鳥の姿をとったディワなのだが、もう一つの影はシェーヌには見えない。
 振り向いたとたん。一瞬見えた奇妙なもの、鳥のような、けれどその肩先から生えるのは左右二枚の翼ではなくて、五枚ずつほどの、蘭の花でも咲き出るような翼の束。それがもがきながら、なんとか飛んでいる、と見てとったとたん、しゅるんと姿が変わってシェーヌになった。
 気まずそうに、ディワを見る。
……見なかった、ことにしよう。
 ついさっき霊術に失敗して、父からも「いい子で待っていろ」と言われたのに。鳥に、なってみたくて、我慢できなかったのだ、咎めるほどのことでもない。
「シェーヌ」
 声をかけてから、改めてゆっくりと振り向いた。
「花、見る? 木を置いてある場所の、ちょっと先に、きれいな花が咲いているの」
「……いい」
「花、きらい?」
 シェーヌはかぶりを振る。
「きれい、って思ったり、すてき、って思ったりすると。風が吹いちゃうの」
「そう……」
 風霊(ウィデク)は風を繰る。シェーヌは、感情が昂ぶると、無意識に風を起こしてしまうのだろう。散って困るほどのものではなかったが、シェーヌがまた落ち込むだろうと思うと、やめておいたほうが良さそうだ。
「じゃ、川原に下りるわね」
「川原に木があるの?」
「細工用の木を置いてあるの」
 樹霊(ジェク)はときに木細工を頼まれたりする、告存晶(レペィキスタ)の籠もあるし、匠精(メト)から金属や石の細工と組み合わせる木彫りを頼まれることもある。匠精(メト)は細工は上手いが、樹霊(ジェク)のように木の内部の木目まで読むことはできない。だからわざわざ樹霊(ジェク)に頼むことがあるのだ。
「私たちは、人間と違って木を切らないから。枯れた木や、風で折れた木を集めておくの」
 ディワは翼のはばたきを止めると、宙に螺旋を描いて、高度を下げた。ふわりと舞い降り、精霊(ア=セク)の姿に戻る。本樹の小枝は、髪にさした。シェーヌも降りて来たが、周囲を見回し、きょとんとしている。おそらくシェーヌには、流木が雑然と転がった川原に見えるのだろう。
 せせらぎの音を聞きながら、流木の間を歩き回る。
 樹種それぞれの性質や、その木の個々の状態に応じて、そのまま干してある木もあるし、しばらく水につけてから干した木もある。樹霊(ジェク)が手を加えるに値すると思ったものだけを集めてあるのだ。
 シェーヌは、センティスよりも色白だから。
 ディワは、木肌の色が淡い木と濃い木を一つずつ選んで手にとった。大きな流木に腰をかける。興味津々の表情でシェーヌが寄って来たので、どうぞ、と、身振りすると、横に腰を下ろした。
 センティスの分は後にして。淡い方の木を片手で支える。木の内側に心を集中させる。木目を読み、木に尋ねるようによい場所を探す。「丸い球になりたいのは、どのあたりかしら」
 本樹の小枝を片手に取ると、細工をする木片の表面を、小枝の先で軽くなぞった。ふわと霧のように木粉が舞って、木が削れ始める。それを繰り返して、手のひらに乗るほどの木片を切り取ってゆく。それなりに神経を使う作業なのだが。見ているだけだと、作業の手つきは、全体にのんびりして感じるだろう。
「ね、シェーヌ?」
 川の水音に負けぬように、声を張って、話しかけてみる。
「シェーヌを王宮に預けるって、センティスは言っていたけど」
「うん」
「センティスに、行きなさいって言われた……?」
 ディワの目は細工する木片に集中していて、シェーヌを見なくても不自然ではないので。聞きにくいことも、意外にすんなり聞けた。
「ちがう。シェーヌが行きたい、って言ったの」
 シェーヌは明るく答える。
「……、どうして?」
「それは、シェーヌが王様に恋をしたからです」
 シェーヌの小まっしゃくれた口調の返事に驚いて、ディワは手が止まってしまう。シェーヌの表情は気まじめで、嘘をついているようには見えない。気をとりなおして、細工を再開する。本樹の小枝は、髪に簪のように挿した。空いた掌に丸みをおびた木切れを乗せ、さらに丸めるように撫ぜる。
「でもね、お后さまにはしてもらえないの」
 そうでしょうね、と、ディワは口には出さなかった。オーリンは300年近い治世を治めてきた王なのだし、シェーヌはまだあまりにも幼い。王は継嗣が欲しいのだろう。精霊(ア=セク)たちの間では、男女の歳が違いすぎると子供が生まれにくいと言い伝えられていた。
「ええと。……素敵な方、だと、思った?」
「うん!」
 ディワも、夏至祭や冬至祭に行って、王の姿を見たことがあるけれど。王には、峻厳なイメージしか残っていない。
「どこが、素敵だったの?」
「全部!」
 恋する女の子の返事としては、なかなかステキだと思ったが。ディワの好奇心は満たしてくれない。
「じゃあ……、素敵だと思ったところ、一番目から三つ教えてくれる、というのは、どう?」
「うん! 一等はね、きれいな方だと思った!」
「そう?」
 精霊(ア=セク)はたいがい美しい。地霊(ムデク)などはまれに老形をとる者がいるが、成熟した風霊(ウィデク)はだいたい青年から壮年期の、顔だちの整った姿をしている。オーリン王も壮年期の姿の美男子だったが、ディワは、他の風霊(ウィデク)に比べてとりたてて美しいと感じたことはなかった。
「あとね、優しい方! シェーヌにも、とっても優しかった」
「センティス殿だって、優しいと思うけど」
「うん、父上も、優しい!」
 それでは、オーリンが特別ということにはならないではないか。
 木片は、親指と人さし指の指先を合わせた丸ほどの大きさの木球になった。ディワは、唇の高さに捧げ持ち、息を吹きかけて、籠の形に整える。球の内側から木粉がこぼれて、告存晶(レペィキスタ)を入れる空間を形づくる。籠、と呼ぶが、編んだものではない。中空の球の表面に、中が見えるほどの隙間をこしらえたものだ。
「三つめは?」
「何があっても、守ってくださる方だと思う……」
 三つ目の答えだけが、語尾が小さくなった。たぶん、シェーヌは霊力(フィグ)の弱い父親と、歴代の王のなかでも強いといわれるオーリン王の霊力(フィグ)を、比べているのだ。比べてしまっている自分が、少し悲しいのだ。
「センティス殿は、賛成なさったの?」
 中空の球の表面に息を吹きかけながら、ディワは話題を、少し変える。表面はただの格子ではなく、透かし細工を入れることにした。少女の横顔の浮き彫りを一つあしらい、周りには風を表す渦巻き模様をいくつもあしらう。
「うん。王宮にいれば、いろいろな精霊(ア=セク)が来て、シェーヌにも霊術を教えてくれるかもしれない、って」
「それは、いいわね」
 シェーヌの母とちがって、父であるセンティスは、シェーヌを可愛がっている、と思う。だからこそ、シェーヌに霊術の制御を教えてやれないことは歯がゆいのだろうと、想像はついた。
「できたわ」
 シェーヌに、木の籠を手渡す。繊細な浮き彫りのある、中空の籠。
「きれい!」
 シェーヌの瞳が、輝いた。
「この中に、告存晶(レペィキスタ)を入れるの、やり方は判る?」
 シェーヌは、心もとなげな顔をする。
 精霊(ア=セク)は、目の前で術を使われると、霊力(フィグ)の流れを真似て、その術が使いやすくなる。
 ディワは、指の先に神経を集中して、小さな告存晶(レペィキスタ)を形づくって見せた。伸ばした人指し指の、ほんの少し先。何もない空間から、水滴のようなものが現れる。透明ではない、僅かに黄色がかった乳白色だ。真円の珠を掌で受け、シェーヌに見せる。
「分かった?」
「うん!」
 できてしまった告存晶(レペィキスタ)を、ディワは、シェーヌに渡そうかと思ったが。そこまで親しい間がらではない。告存晶(レペィキスタ)は、精霊(ア=セク)が死ぬまで滅することができない。呪術に使うという精霊(ア=セク)もいる。恨まれる相手は身に覚えがないとはいえ、そこらへんにひょいと捨てるのもなんとなくイヤだ。ディワは、それを指先でつまんで、するりと飲み込んだ。告存晶(レペィキスタ)を処分する、唯一の手段なのだ。
「作ってみて」
 シェーヌに、小さな木籠を手渡す。シェーヌは少し緊張した面持ちで、木細工の籠を人差し指と親指ではさむように摘み。内側がよく見えるように目の高さに掲げた。
 つるり、という感じで、木の籠の内側に、石が現れた。シェーヌの瞳に似た、灰色がかった淡い緑。艶やかな、けれれど真円とはほど遠い歪んだ形だ。見る見る、大きくなる。
「あ……、」
 注意して、と言う間もなく。かり、と、音を立てて、木の籠が割れた。告存晶(レペィキスタ)が大きくなりすぎて、籠を内側から破ったのだ。
「ごめん……な……さ……」
 謝罪の言葉が途切れた。シェーヌの目からぽろりと涙がこぼれる。ぐしぐしと手の甲で拭う。
「泣かないで大丈夫、また作ればいいから。初めてなんだものね、練習がいるよね」
 残した木片を探る。あといくつ作ればいいのかしら? ディワは首を傾げなら先ほどの作業を繰り返した。本樹の枝で木片を大まかに切り、掌で丸く整える。
 最初はしゅんと黙っていたシェーヌが、途中からまた話し出した。
「ねぇ、ディワは恋人、いる?」
「いるわよ」
「そうなんだぁ」
 シェーヌの肩が落ちる。
「?」
 そのがっかり仕方をどう尋ねようと思っていると、
「父上の恋人を探してるんだもん」
 シェーヌの側から説明してくれた。ディワは吹き出し、またしても手を止めなければならなかった。センティスの性格の良さは認めていても、ディワから見ると歳が上すぎる。精霊(ア=セク)は不老で長命とはいえ、歳が違うということは世界の鮮度が違うということだから、やっぱり話題が合わないのだ。
「ディワの恋人はどんな精霊(ア=セク)?」
樹霊(ジェク)よ。歳が近くて、話してて楽しい」
「会える?」
遠翔(テレフ)魔方陣を使うから」
 二人だけで使う約束の魔方陣の、隠し場所を聞かれる前に、ディワはさっさと話題を変えた。
「シェーヌは、センティス殿に恋人がいたほうがいいの?」
「うん。シェーヌが王宮に行ったら、父上にも恋人ができると思う」
 ……そういうことか、と、ディワは思う。センティスは、霊力(フィグ)の制御が効かない娘のために、妻に去られている。シェーヌなりに、自分のせいだと悩んだのだろう。そして悲しいことに、それは事実なのだ。
「ねえ。誰にも言わないから、本当のことを教えて。シェーヌ、本当に王様のことが好きなの?」
「大好きっ!」
 信じずに居られないほど明るく断言されて、ディワは、まぁいいかと肩をすくめる。シェーヌにとって、初めての恋の相手のそばにいられて、父にも恋人ができる、一石二鳥のできごとなのかもしれない。
 ディワは、木球に息を吹きかけて、中空の籠にした。
「これで、やってみて」
 さきほどの繊細な細工とはまったくちがう、大まかに削っただけの籠をシェーヌに手渡し、その表情が哀しげになる前に、素早く付け足す。
「シェーヌが告存晶(レペィキスタ)を上手に入れられたら、そのあとで、さっきみたいな浮き彫りをしてあげる」
 結局。満足のいく仕上がりになったのは、四つ目の木籠だった。

 シェーヌは、ようやくできた珠を入れた木籠を、大切に持っている。ディワは、センティスの分のための木片と、壊れてしまった最初の木籠、それに、シェーヌが作りそこなった告存晶(レペィキスタ)を抱えた。籠を壊すほど大きく、小柄なシェーヌが飲み下すのは辛そうだったからだ。
「帰りは、歩いてもいいかな?」
「うん」
 予定より多くの木細工に、霊力(フィグ)を使って、鳥に変じるのが辛かったのだが。シェーヌは幸い、理由を聞かずに頷いてくれた。力を使いすぎた、などと明かせば、シェーヌは自分の霊力(フィグ)をくれるなどと言い出しかねない。子供から霊力(フィグ)を貰ってはいけない、というのが、精霊(ア=セク)の慣習だ。それを説明すると、たぶんまたシェーヌの泣きそうな顔を見なければならない。
 ディワは、雨が少なく乾いた大地を踏んで、川原から森に入った。晴れが続いて、森の草などは萎れ始めている。やっぱり雨を頼んでよかった、と、ディワは思う。
 シェーヌは、風霊(ウィデク)独特の、地面の上ぎりぎりを浮いているような進み方で、ふわりとついてくる。森の木や草を指先でつついたり、土や緑の匂いを嗅いだり、木漏れ日と戯れてくるくると回ってみたりする。ああ、そうか、この子はいつもは森の上を飛ぶから、森の中は珍しいのだ、と、ディワは気づいた。風霊(ウィデク)は、美しい。シェーヌも、また、美しい子供だった。森の木々の間を歩む風霊(ウィデク)の少女は、匠精(メト)の描く絵のように美しい。この子が霊力(フィグ)の暴走を引き起こしては自分も周囲も悩ませているようには、とても見えなかった。
 ディワは大きく丈夫な木を選んでは軽く触れてゆく。
「何をしているの?」
 シェーヌはひどく無邪気に聞く。
「ちょっとずつ、霊力(フィグ)を貰ってるの」
「本樹じゃなくても、貰えるの?」
 シェーヌは、ディワが本樹以外から力を貰っている理由よりも、樹霊(ジェク)の能力に興味があるようだ。
「本樹からは一番貰うわ。そのかわり私が、根を伸ばしたり、枝を伸ばしたりするのを手伝っているのだから、いいの。この子たちも」
 ディワは、森の木々たちに視線を投げる。
「今日は私が働いて、雨を降らせてもらうんだから、ちょっとくらい力を貰ってもいいのよ」
 そういえばシェーヌは疲れないのだろうか、とディワは思う。告存晶(レペィキスタ)を四つも作ったのだ。
 シェーヌは、何かを思いついたようで、ぱっと表情を輝かせた。
「ね、ディワ!、シェーヌが強い風を作って、川の水をばしゃんと飛ばして、森の木にあげたらどうかしら?」
 いや、シェーヌはまだまだ、元気が余っているらしい。
「木はもしかしたら喜ぶかもしれないけど。川のお魚は困ってしまうわ」
「そっか……」
 シェーヌが、しゅんとする。
「もうじき、センティス殿が雨を運んでくれるから、いいのよ」
 ディワは微笑んで、シェーヌを慰めた。

「告存晶-レペィキスタ-」3

 シェーヌと分かれた後。センティスは、シェーヌが見つけた雲と、ディワのいる森の距離を、おおざっぱに測った。雲を散らさない程度の風で運ぶと、速度はどうしても限られてくる。
「明日になるな」
 運べなくは、ないが。明日までシェーヌを待たせておくの憚られる。というより、
「俺が会いたいのか、娘に」
 こんなことで、王宮に預けておけるのだろうか。と、溜息をついた。センティスも王宮に留まる、という選択肢は、とりあえず除外する。慣例的に、王宮に留まるのは、王とその妻子(もしくは女王とその夫子)、王宮の宝物や武器を維持する匠精(メト)と、王を補佐する霊力(フィグ)の強い精霊(ア=セク)ということになっている。王が養子をとるだけで例外的な出来事なのに、その養子の実父がその傍らにいるのは、例外が多すぎる気がした。
「今日は、うん、ディワにも悪いしな」
 自分を納得させて、周囲を見回す。なにかもうちょっと早く、約束を果たす手段はないものか。
 雲よりも手近なところに、湖を見つけた。風を作り、水面に吹き付けて、湖の周囲の森の厚い枝の下、青葉闇と呼ばれる暗がりに、湿った空気を貯める。突然起きた淡い霧に、虫などは驚いているかもしれないが、命にかかわるものではないはずだった。霧が散らないように、周囲にも見えない風のベールを巡らせる。夏の日差しの下、午後の数時間を、森に霧の塊を作ることに費やしたが、それでも遠くから雲を運ぶよりは速い。
 夕刻。太陽が傾き、気温が下がる。自然本来の風も凪いで、邪魔が無くなったところで、霧の塊を、ディワの森のあたりに慎重に導いた。そこからゆっくり高度を上げていくと、淡く見えた霧は、上空の冷気にふれて一気に色を濃くし、ほどなく雨滴を結びはじめた。最初はぽつりぽつりだった雨は、次第に篠突く激しさになる。
 告存晶(レペィキスタ)を作る霊力(フィグ)は、温存しなければならないので。センティスは、雨を避ける風のベールをまとう余力もなく、濡れながら降下する。疲れた体には、濡れた髪や服さえも重く感じられた。
 ディワのいる木を探すのは簡単だった。樹霊(ジェク)の憑く木は、ひときわ高い。その頂から、白い衣の人影が飛んでくる。シェーヌだ。
「父上!」
 シェーヌは、風のベールで雨を避け、両手には木細工を握りしめていた。
「ディワのところへ行こう」
 センティスは、シェーヌに声をかけて、木の根元まで降りた。ディワは、本樹の前、厚い木枝が雨を凌ぐあたりに待っていた。
「センティス殿!」
 風霊(ウィデク)の顔を見て、ディワの表情が晴れる。
「夕立かと思ったろ?」
 自然の夕立が降ってしまえば、風霊(ウィデク)の約束は果たせないから。ディワは心配してくれていたのだろうと思う。実際、センティスが使ったのは、自然の夕立と同じ摂理だ。ただ風霊(ウィデク)霊力(フィグ)を少し足しただけ。
「湖の水を少し借りて来た」
「お魚は?」
 シェーヌが心配そうな顔をする。
「水位は大して変わっちゃいない、湖が枯れたわけじゃないから大丈夫だ」
 シェーヌが、安心したように笑顔になって。両手のものを差し出した。
「父上! 見て見て、ディワが作ってくれたの!」
 シェーヌが差し出したのは、慣例どおり、丸い告存晶(レペィキスタ)の入った小さな木籠。木籠には、強靭な蔦を編んだ、紐がつけられている。それから、告存晶(レペィキスタ)と同じ色の石が、丸くなかったり大きすぎたり、三つ嵌め込まれた木製の帯飾り。何が起こったかは、だいたい想像がつく。
「これは……、ありがとう。ディワ、この雨で対価は足りるのか?」
「大丈夫。森を見てまわったら、思ったよりも草が萎れてて。みんなこの雨を喜んでいると思うわ。それから、これ。センティス殿の分」
 ディワが、もう一つの木籠を差し出す。濃い色の木籠に、薄い色の風を表す渦巻き模様がいくつも嵌め込まれている。シェーヌが壊した籠のかけらだった。
「お二人とも、百年に一度くらい、私か他の樹霊(ジェク)に籠を見せてね、罅でもできたら、直すから」
 センティスは、ディワに頷いて、自分が告存晶(レペィキスタ)を入れる木籠を受け取った。全体に二色に仕上げられ、センティスが携える分より派手やかで、美しい。
「ありがとう。シェーヌが身につけるには似合いそうだ」
 センティスは、気持ちを集中して、余力の少ない霊力(フィグ)を量る。大丈夫、これなら行けるだろう。軽く頷いて、凝った作りの木籠を、目の高さまで上げた。ゆっくりと、木籠のなかに丸い石が生まれてゆく。その色は、シェーヌと同じ、灰色を帯びた緑。センティスは籠を壊すこともなく、無事、真円の石を入れ終わって。シェーヌに、向き直った。
「愛しき娘シェーヌに。お前に幸があるように」
 告存晶(レペィキスタ)を手渡した。シェーヌも、自分の告存晶(レペィキスタ)の籠と、告存晶(レペィキスタ)を嵌めた帯飾りを、センティスに差し出す。
「大好きな父上に……」
 センティスは籠と帯飾りを受け取って、帯飾りに帯を通し、その傍らに蔦の紐を結んだ。シェーヌはまだ手間どっている。センティスは、シェーヌに腰の飾り輪を支えさせ、告存晶(レペィキスタ)の籠の紐をきちりと結びつけてやった。普通なら、親子が告存晶(レペィキスタ)を交わすのは、子供が自分で自分のことができるようになるころだ。霊力(フィグ)がきちんと制御できれば、幼精霊(ミア=セク)でも、他の精霊(ア=セク)の従者となって、親元を離れることがある。だがシェーヌは、姿形だけは大人並みでも、その霊力(フィグ)を制する力は、まだ従者にさえなれない幼さだった。
「シェーヌ」
 センティスはシェーヌを抱きしめた。ずっと抱いてやれなかった。シェーヌが心を読むことがあるからだ。だが、今ならば。この瞬間の、心すべてを読み通されたとしても。シェーヌが愛しく、別れが惜しい感情。それでも、シェーヌにとって必要不可欠なことを学ばせるためには、王の養子とするのが一番いいのだという決意。それ以外の雑念など、心から払えている自信があった。
「父上」
 シェーヌが、力いっぱいしがみついてくるのが分かる。何年ぶりだろう、こんな風に抱き合うのは。シェーヌは、霊力(フィグ)は強くても、腕の力はまだ子供のそれだ。愛しくて、悲しくて、それでも別れが最善で。それを二人ともが互いに分かっていて。
 軽くとんと突き放すように、身体を離したのは、シェーヌのほうだった。
「シェーヌ、行くね。父上は、休んでね。ディワの木の上はとてもいい風が吹くよ。王宮の方向は分かるから大丈夫。遠翔(テレフ)もしないから、大丈夫。本当に、王宮にも来てね」
 最後の方だけ、声がかすれて。センティスから顔をそむけるように、シェーヌは目を瞠る勢いで王宮の方角へ飛び出した。疲れきったセンティスには、追いつけないほどの速度。
「シェーヌ!」
 センティスが叫んでも、振り向かなかった。
「センティス殿。シェーヌは、泣いているを見られたくなかったんじゃないかしら」
 ディワが穏やかに声をかけてきた。
「ああ。俺も、かもしれない」
 センティスは、声を抑えて答えたが。語尾が震えるのを隠しきることができなかった。涙が、どうしようもなく溢れていた。

 翌朝。オーリン王の宣の術が、アスワード世界のすべての精霊(ア=セク)に届き。ディワは驚愕した。
「先々王の曾孫、センティスの娘シェーヌに、次女王の位を授ける」
 一晩風を浴びて回復したセンティスに、
「王宮に、『預ける』って、こういうこと?」
と確認する。センティスが困った顔をした。
「うん、王の養子という話だったんだが。『次女王』とはまた、オーリン王は、ずいぶんご大層に響く位を新設したな」

 こうして。実の父の傍らに居場所を持てなかった少女は、王宮で、霊術を学び、居場所と、位と、……権力とを得ることになるのだが。それはまた別のお話。

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