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「告存晶-レペィキスタ-」1

麻生新奈  精霊(ア=セク)が存在する、アスワードと呼ばれる世界。
 アスワード世界の精霊(ア=セク)たちは、記録が尽きるほどの遠い昔から、代々、王を戴いてきた。王は、精霊(ア=セク)同士の諍いの調停者であり、祭りの召集者でもあった。精霊(ア=セク)たちは、そういうものだと思っていたし、王がいて、王の指名する後継者がいるのが、あたりまえの状態だった。歴代の王を見ると、後継者は、王の息子か娘であることがほとんどだった。
 ところが現王オーリンは妻を持たず、当然、王子も王女もいない。だが妹を後継者に指名していたので、精霊(ア=セク)たちはあまり心配しなかった。精霊(ア=セク)は長寿で、生きることに飽きるか、霊武器(フィギン)で斬られるかしなければ、何百年も生きるのだ。
 ところが。王妹は(ユム)に恋して、王位継承権を返上した。
 精霊(ア=セク)たちは、根本的に脳天気でお祭り好きである。「王妹が王宮を捨てるとは何事か」と怒るより先に「では王に后を娶っていただかなくては」と発想する。
 というわけで、王宮には他薦自薦を含めた王妃候補が次々訪れている、と風霊(ウィデク)センティスは噂に聞いていた。

 精霊(ア=セク)王の棲まいは、とある高山の、頂上近く。巨石が組み合せたような洞窟である。巨石を磨き、金や宝玉の煌く細工物を嵌めこんで飾られた玉座の間。多くの記録の晶を収めた術庫、武器や宝物を収めた蔵。精霊(ア=セク)王が予知の夢を見るために寝む私室。風霊(ウィデク)の王の宮は、どの窟も風がひょうひょうと吹き抜けて、不思議な音を奏でている。
 王宮を訪れたセンティスは、飾りを磨く匠精(メト)の一人に、オーリン王の居場所を尋ねた。
「オーリン王は術庫にいらっしゃいます」
 匠精(メト)は小柄な精霊(ア=セク)だ。センティスを見上げて、慇懃に答える。
「オーリン王に御后候補が引きもきらないという噂は本当なのか?」
 尋ねてみた。
「引きもきらない、とまで、言いますのかどうか。……何人かは、王宮までいらっしゃいました」
「もてるのか、王は」
 匠精(メト)は、目をくりくりさせて、直接の答えを避けた。
「いらっしゃるのですが。数日でお帰りになります」
「数日は、速いな」
 王とはいえ、センティスには従兄弟にあたる。つい軽い口調になった。
「なんでも、王は、政むきのことしか、話題になさらないとかで」
 センティスは溜息をついて、匠精(メト)にわずかばかりの霊力(フィグ)を与えて礼をする。
 センティスは、先々代の王の孫に当たるのだが、霊力(フィグ)に恵まれていない。しかし娘シェーヌは、先祖返り的に強い霊力(フィグ)を持ち、しかもそれを上手く制御することが出来ない。そのことが原因で妻は去り、センティスは父一人娘一人で、風に乗り、世界を巡っていた。その娘が、精霊(ア=セク)の祭りの際に王に会い。
 王に、恋を、した。
 今日は、愛娘は、王宮の外に待たせてある。オーリン王は、匠精(メト)のいうとおり、術庫にいた。
 術庫にも、風が吹いているが。術や歴史を記録した晶は、その風とは無関係の動きで、するりするりと宙を舞い。庫の中心にいる王に近づいては、王と対話するように見える。無論、晶には意思はなく、王が霊力(フィグ)で晶を繰っているのだ。
 センティスが庫を覗き込んで数秒で、晶は巣に帰る小動物のように渡し木の棚に戻り、王が振り向いた。
「用向きか? 玉座の間のほうがよければ」
「いや、ここでいい」
 センティスは慌てて答え、
「調べ物か?」
と聞いてみた。歴代の王のなかには、調停にあたっても「直感的に」裁定を下していた者もあるらしいのだが。オーリンは、調停の願いの周辺の事情を綿密に聞き取った上、先例に当たって調停を下す。術庫にいる時間も、歴代の王の中でも多いらしい。
 だが、オーリンの答えは、調停に関するものではなかった。
「ああ。実の子や兄弟姉妹以外に王位を継承するときに、どんな儀が必要なのかと思ってな」
「なんだ、王妃の候補が次々来ていると聞いたが、王自身は諦めたと?」
 センティスは軽口のつもりだったが、オーリンは思いがけぬほど苦い顔になる。
「后を得たところで、子が生まれるとは限らない」
 なんだか、話が切り出しにくいほうに流れているような気がしつつも、ここで思い切って言わないと、と、センティスは、心の中で気色ばんだ。
「実は、だな。そのことなんだが」
「そのこと?」
 オーリンは、センティスが何を言い出すのか、予想がつかないようだった。
「后の、ことだ。うちの娘……、シェーヌでは、どうだろう?」
「センティスの? ……まだ、子供ではなかったか?」
 シェーヌは生後十八年、精霊(ア=セク)の十八歳は、人間でいえば幼児ほどの年齢である。
「そうだよな」オーリンの返答にがっくりきて、センティスはつい気のぬけた言葉使いになる。「無理だよな。いや、娘が祭りで王にお会いしてからというもの、どうしても伺ってほしいと聴かないものだから」
「継嗣なら、ともかくも」
 なかば独り言のようにオーリンが言ったのをセンティスは聞き逃さなかった。
「ほんとかっ」
 思わず声のトーンが上がったセンティスに、対するオーリンの声は低い。
「后も子もない王としては。王位を継いでくれる継嗣なら喉から手が出るほど欲しい。当然だろう?」
 その声音には、センティスの言葉をまるで信じていないように、揶揄の色を含む。
「養子としてでも……、俺にはもう我が子と呼ぶなというならそれでも……」
「手放したいのか?」
 オーリンの視線が、冷たくセンティスに突き刺さる。その鋭さに抗うように、センティスは、言葉を喉から押し出した。
「あの子を嫌うわけでも厭うわけでもない。ただ……」言い始めると昂ぶって、声が、高くなる。「俺といては、あの子は、歪んでしまう。ついこの前まで無邪気で好奇心がいっぱいの子供だったのに、この頃、何をするにも俺の顔色をうかがって。何々をしちゃダメだよね、って、諦めたように聞く。俺は、もっと大きくなってからな、としか答えられない。俺の力では、あの子の霊力(フィグ)が暴走したら抑えられないし、力の制御を教えてやることもできない。王宮なら俺より遥かに強い者たちが次々訪れるだろう。王の養い子ともなれば、シェーヌが教えを乞うても、断られもしないだろう。無論、自分の霊力(フィグ)の不足を言い訳に、ムシのいいことを言っているのは判ってる。だがこれ以上一緒にいても俺にはしてやれることが何もないんだ」
 オーリンの表情から揶揄の色が消えた。すい、と、視線をそらす。数秒の沈黙が、落ちた。オーリンは、センティスを見ないまま、口を開いた。
「シェーヌと私と、一対一で、話をさせてほしい。それで私が出した条件を、シェーヌが了解するなら、私の継嗣として王宮に迎えよう。連れてきているのか?」
 ダメでもともと、だと思っていた事態が急展開してみると、自分が言い出したことなのに、センティスはうろたえた。
「連れては、来ているが……」
 オーリンが、最前の冷たさが嘘のように、頬を緩めて笑みを見せた。
「……準備の時間が欲しいのであれば、いかようにでも」
 センティスは溜息をつく。……俺、いま露骨に、心の準備ができてない、って顔をしているんだろうな。
「面目ない、告存晶(レペィキスタ)を交わす間だけ、時間をいただきたい」
 
 王宮のある厳しい山の山腹、とりわけ鋭い風の通うあたりに、シェーヌは、いた。
「父上!」
 近づくセンティスを見つけて、飛んでくる。銀艶をもつ淡茶の髪と、白く柔らかなドレスが、後ろになびいて、ふわりと揺れる。思考や理解力は人間の幼児なみなのだが、霊力(フィグ)の強さゆえに、外見だけは少女のものだ。
 センティスのすぐ傍らまで飛ぶと、空中で両手を後ろに組んだ。シェーヌの霊力(フィグ)が暴走すると、体に触れただけで、思考を勝手に読んだりする。そんなことがあってから、シェーヌはセンティスに抱きつかなくなった。
「ね、王様、なんて?」
 満面の笑みで、答えを待っている。
「シェーヌを王妃に、と申し上げたら、断られた」
「そっかぁ」
 しゅん、と笑顔が消えた。
「だが……、養い子としてなら、王宮に迎える、と」
 センティスにも意外だった選択肢を聞いて、シェーヌが目を瞠る。
「王様の子供になるの? 父上の子供じゃなくなるの?」
 センティスは、かぶりを振った。
「オーリン王の、次の王になる、ということだ。シェーヌは女の子だから、女王様だな」
「王様のそばにいられるんだよね?」
 おずおずと聞いてくる。どうやらそこが、恋する少女にとって一番重要なポイントであるらしいのが、微笑ましい。
「そうだな」
 シェーヌは幼いなりに真剣な表情で、小さく首を傾げ、懸命に事態を理解しようとしていていたが。しばらく考えると、諦めたように、ちょっと口を尖らせた。
「父上は、どうしたらいいと思う?」
「王宮にいれば、いろいろな精霊(ア=セク)が訪ねてくる。とても強い精霊(ア=セク)もいる。霊術を習うこともできるし、きっと霊術以外にもいろいろなことを教えてくれる。女王になるんだからな」
「父上も、来てくれる?」
「ああ」
 会えなくなるわけではなかった。だが、生まれてからこれまで、ずっと傍らにいた娘である。さびしくないわけが、なかった。
告存晶(レペィキスタ)を交わす間だけ、王に時間をいただいてきた。……俺にも、シェーヌの告存晶(レペィキスタ)をくれるかい?」
「うん!」
 シェーヌは、腰の飾り輪に吊った、小さな籠を撫ぜる。それは、母親が二人の元から離れたときに、シェーヌに渡したものだった。
 告存晶(レペィキスタ)は、精霊(ア=セク)であれば誰でも作れる、基本的な霊具で、とくに霊術はこめられていない。精霊(ア=セク)は、不老とされ、体の病はなく、鉄の武器にも傷つかない。ただし、生に飽きると消滅する。霊術をこめた霊武器(フィギン)では、殺すこともできる。告存晶(レペィキスタ)は、作り手が死ねば消え、そのことによって死を知らせるのだ。
 家族や恋人、ごく親しい友同士が交わす。シェーヌの母は、娘には告存晶(レペィキスタ)を渡したが、娘からは告存晶(レペィキスタ)を求めなかった。シェーヌが幼すぎて、作りきれないだろうというのはあったけれど。シェーヌの今後が気にならないという意思表示にも見えた。
「籠を誂えないといけないな」
 精霊(ア=セク)は、風霊(ウィデク)地霊(ムデク)樹霊(ジェク)匠精(メト)に大別され、得意なことが異なる。匠精(メト)霊力(フィグ)を支払えば、金属や貴石で飾った籠を作ってくれるだろう。王の養子とその父が交わす告存晶(レペィキスタ)のためであれば、センティスの霊力(フィグ)でも不足だとは言わないだろう。だが。
 センティスは、誰にともなく、かぶりを振った。
「ディワに、頼んでみようか」

 ディワは、王宮から半日ほど飛んだところに住む女性の樹霊(ジェク)で、シェーヌよりは少し年上だが、精霊(ア=セク)の中では年若い。樹霊(ジェク)の生命の源である本樹は、遠くから見ると、円錐の輪郭をもっていた。近づくと、まっすぐな幹から、地面に水平な枝を伸ばし、そこから細かい枝が茂り、さらに細い針のような葉を無数につけているのが判る。直線を幾重にも重ねた本樹の姿は、ディワの気性とあい通じるものがあった。
「ディワ!」  センティスが呼ぶと、本樹の幹から、するりと樹霊(ジェク)が抜け出てくる。肩口まである深緑の髪、樹皮よりやや薄い淡茶の肌、淡金の虹彩に鬱金の瞳を点じた眼。センティスとシェーヌの姿を認めて、晴れやかに笑んだ。  ディワは、シェーヌのことを、ずいぶん可愛いがってくれてもいた。精霊(ア=セク)は、子供が少なく、本樹からあまり離れない樹霊(ジェク)にとって、会う機会がある者はさらに少ない。若いディワにとって自分より年下の精霊(ア=セク)が珍しいらしい。
「シェーヌを王宮に預けることになってな。告存晶(レペィキスタ)を交わしたい。ついては、籠を作ってもらえないだろうか」
 センティスがそんな言い方をすると、ディワは、対価も聞かずに頷いた。
「私が作れる木細工でいいのなら」
「助かる、対価は、雨が少ないときに、雲を連れて来る」
「シェーヌの一人立ちのお祝いですもの、対価なんて、なくても」
「そうはいかんさ」
「では、今でもいいですか? このところちょっと雨が少なくて。私の本樹はまだまだ大丈夫ですけど、川むこうのお気に入りの花が萎れかけているんです」
 ディワは、にこりと言う。たぶん、それは、嘘ではないだろう。だがディワの気遣いでもあろうのだろうと、センティスは思う。対価が済むまでは、借りているのと同じだ。対価を今済ませてしまえば、センティスとシェーヌは「借り物」ではないものを贈りあえるのである。
「判った。雲を探して来よう」
 センティスは、心づかいへの礼もこめて、ディワに軽く頭を下げる。
「シェーヌも、……行ったら、だめ?」
 シェーヌが、上目づかいに、センティスに尋ねた。普段なら、待っているように言い聞かせるところだが。今日だけは、シェーヌを連れて行こう、と、センティスは決めた。
「シェーヌもおいで」
「うん!」
 シェーヌの表情がぱっと輝いた。小さく首をかしげて、霊力(フィグ)が広がるのがわかる。
「あっちのほうに、雲があるよ」
 遠くない。この距離ならセンティスにも判るのだが。嬉しそうに先に立って飛び出したシェーヌに、センティスは、そのまま従った。

 風霊(ウィデク)は風を繰ることができるが、雨を降らせるほどの雲となると、小さな雲をちまりと運ぶわけにはいかない。遠くから見たときは、下端に影をはらみ、もくもくと膨らんだ、一塊の入道雲でも、近づけば見渡す限りの濃い霧である。
「これを、運ぶの?」
 シェーヌは浮き浮きと言う。
「雲の全体を、風で押すんだ」
「うん!」
 と言い終わるのも待たぬ速さで、風が起きる。シェーヌの霊力(フィグ)が、起こしたのだ。鋭い風は、雲に突き刺さり、分断しそうになる。
「少し、離れよう。全体を見るんだ」
 センティスが、風の音に逆らって声を放つと、シェーヌは、ポンと自分を投げるような勢いで、雲との距離を取った。風が雲を殴る、塊だった雲がくびれる、雲から伸びた突起の形の霧を押し戻そうとして風を送ると、突起は空に散ってしまう。
「シェーヌ!」
 焦りきった表情のシェーヌに近づき、なんとか落ち着かせようと声をかけるが。
 シェーヌは、崩れ始めた雲をどうにかしてまとめようと、風を作っては吹かせる。雲は、いっこうに思う通りにならず、むなしく散って薄くなってゆく。
「シェーヌ。もう、いい」
 センティスがシェーヌを止めたときには。雲はまったく消えたわけではなかったが、とても雨は運べぬほどに薄くなっていた。
「ごめん……なさい」
 シェーヌは、うつむいた。
「いいさ。別の雲を探すか」
「あっちにも、ある、けど」
 雲のある方向を指さして。
「ディワのところで、待ってる……」
 シェーヌの声が小さく震える。
「わかった。ディワに頼もうな」
 センティスは、シェーヌが付いてくるのを確かめながら、ディワのいる森へ飛び始めた。
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