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「告存晶-レペィキスタ-」3

 シェーヌと分かれた後。センティスは、シェーヌが見つけた雲と、ディワのいる森の距離を、おおざっぱに測った。雲を散らさない程度の風で運ぶと、速度はどうしても限られてくる。
「明日になるな」
 運べなくは、ないが。明日までシェーヌを待たせておくの憚られる。というより、
「俺が会いたいのか、娘に」
 こんなことで、王宮に預けておけるのだろうか。と、溜息をついた。センティスも王宮に留まる、という選択肢は、とりあえず除外する。慣例的に、王宮に留まるのは、王とその妻子(もしくは女王とその夫子)、王宮の宝物や武器を維持する匠精(メト)と、王を補佐する霊力(フィグ)の強い精霊(ア=セク)ということになっている。王が養子をとるだけで例外的な出来事なのに、その養子の実父がその傍らにいるのは、例外が多すぎる気がした。
「今日は、うん、ディワにも悪いしな」
 自分を納得させて、周囲を見回す。なにかもうちょっと早く、約束を果たす手段はないものか。
 雲よりも手近なところに、湖を見つけた。風を作り、水面に吹き付けて、湖の周囲の森の厚い枝の下、青葉闇と呼ばれる暗がりに、湿った空気を貯める。突然起きた淡い霧に、虫などは驚いているかもしれないが、命にかかわるものではないはずだった。霧が散らないように、周囲にも見えない風のベールを巡らせる。夏の日差しの下、午後の数時間を、森に霧の塊を作ることに費やしたが、それでも遠くから雲を運ぶよりは速い。
 夕刻。太陽が傾き、気温が下がる。自然本来の風も凪いで、邪魔が無くなったところで、霧の塊を、ディワの森のあたりに慎重に導いた。そこからゆっくり高度を上げていくと、淡く見えた霧は、上空の冷気にふれて一気に色を濃くし、ほどなく雨滴を結びはじめた。最初はぽつりぽつりだった雨は、次第に篠突く激しさになる。
 告存晶(レペィキスタ)を作る霊力(フィグ)は、温存しなければならないので。センティスは、雨を避ける風のベールをまとう余力もなく、濡れながら降下する。疲れた体には、濡れた髪や服さえも重く感じられた。
 ディワのいる木を探すのは簡単だった。樹霊(ジェク)の憑く木は、ひときわ高い。その頂から、白い衣の人影が飛んでくる。シェーヌだ。
「父上!」
 シェーヌは、風のベールで雨を避け、両手には木細工を握りしめていた。
「ディワのところへ行こう」
 センティスは、シェーヌに声をかけて、木の根元まで降りた。ディワは、本樹の前、厚い木枝が雨を凌ぐあたりに待っていた。
「センティス殿!」
 風霊(ウィデク)の顔を見て、ディワの表情が晴れる。
「夕立かと思ったろ?」
 自然の夕立が降ってしまえば、風霊(ウィデク)の約束は果たせないから。ディワは心配してくれていたのだろうと思う。実際、センティスが使ったのは、自然の夕立と同じ摂理だ。ただ風霊(ウィデク)霊力(フィグ)を少し足しただけ。
「湖の水を少し借りて来た」
「お魚は?」
 シェーヌが心配そうな顔をする。
「水位は大して変わっちゃいない、湖が枯れたわけじゃないから大丈夫だ」
 シェーヌが、安心したように笑顔になって。両手のものを差し出した。
「父上! 見て見て、ディワが作ってくれたの!」
 シェーヌが差し出したのは、慣例どおり、丸い告存晶(レペィキスタ)の入った小さな木籠。木籠には、強靭な蔦を編んだ、紐がつけられている。それから、告存晶(レペィキスタ)と同じ色の石が、丸くなかったり大きすぎたり、三つ嵌め込まれた木製の帯飾り。何が起こったかは、だいたい想像がつく。
「これは……、ありがとう。ディワ、この雨で対価は足りるのか?」
「大丈夫。森を見てまわったら、思ったよりも草が萎れてて。みんなこの雨を喜んでいると思うわ。それから、これ。センティス殿の分」
 ディワが、もう一つの木籠を差し出す。濃い色の木籠に、薄い色の風を表す渦巻き模様がいくつも嵌め込まれている。シェーヌが壊した籠のかけらだった。
「お二人とも、百年に一度くらい、私か他の樹霊(ジェク)に籠を見せてね、罅でもできたら、直すから」
 センティスは、ディワに頷いて、自分が告存晶(レペィキスタ)を入れる木籠を受け取った。全体に二色に仕上げられ、センティスが携える分より派手やかで、美しい。
「ありがとう。シェーヌが身につけるには似合いそうだ」
 センティスは、気持ちを集中して、余力の少ない霊力(フィグ)を量る。大丈夫、これなら行けるだろう。軽く頷いて、凝った作りの木籠を、目の高さまで上げた。ゆっくりと、木籠のなかに丸い石が生まれてゆく。その色は、シェーヌと同じ、灰色を帯びた緑。センティスは籠を壊すこともなく、無事、真円の石を入れ終わって。シェーヌに、向き直った。
「愛しき娘シェーヌに。お前に幸があるように」
 告存晶(レペィキスタ)を手渡した。シェーヌも、自分の告存晶(レペィキスタ)の籠と、告存晶(レペィキスタ)を嵌めた帯飾りを、センティスに差し出す。
「大好きな父上に……」
 センティスは籠と帯飾りを受け取って、帯飾りに帯を通し、その傍らに蔦の紐を結んだ。シェーヌはまだ手間どっている。センティスは、シェーヌに腰の飾り輪を支えさせ、告存晶(レペィキスタ)の籠の紐をきちりと結びつけてやった。普通なら、親子が告存晶(レペィキスタ)を交わすのは、子供が自分で自分のことができるようになるころだ。霊力(フィグ)がきちんと制御できれば、幼精霊(ミア=セク)でも、他の精霊(ア=セク)の従者となって、親元を離れることがある。だがシェーヌは、姿形だけは大人並みでも、その霊力(フィグ)を制する力は、まだ従者にさえなれない幼さだった。
「シェーヌ」
 センティスはシェーヌを抱きしめた。ずっと抱いてやれなかった。シェーヌが心を読むことがあるからだ。だが、今ならば。この瞬間の、心すべてを読み通されたとしても。シェーヌが愛しく、別れが惜しい感情。それでも、シェーヌにとって必要不可欠なことを学ばせるためには、王の養子とするのが一番いいのだという決意。それ以外の雑念など、心から払えている自信があった。
「父上」
 シェーヌが、力いっぱいしがみついてくるのが分かる。何年ぶりだろう、こんな風に抱き合うのは。シェーヌは、霊力(フィグ)は強くても、腕の力はまだ子供のそれだ。愛しくて、悲しくて、それでも別れが最善で。それを二人ともが互いに分かっていて。
 軽くとんと突き放すように、身体を離したのは、シェーヌのほうだった。
「シェーヌ、行くね。父上は、休んでね。ディワの木の上はとてもいい風が吹くよ。王宮の方向は分かるから大丈夫。遠翔(テレフ)もしないから、大丈夫。本当に、王宮にも来てね」
 最後の方だけ、声がかすれて。センティスから顔をそむけるように、シェーヌは目を瞠る勢いで王宮の方角へ飛び出した。疲れきったセンティスには、追いつけないほどの速度。
「シェーヌ!」
 センティスが叫んでも、振り向かなかった。
「センティス殿。シェーヌは、泣いているを見られたくなかったんじゃないかしら」
 ディワが穏やかに声をかけてきた。
「ああ。俺も、かもしれない」
 センティスは、声を抑えて答えたが。語尾が震えるのを隠しきることができなかった。涙が、どうしようもなく溢れていた。

 翌朝。オーリン王の宣の術が、アスワード世界のすべての精霊(ア=セク)に届き。ディワは驚愕した。
「先々王の曾孫、センティスの娘シェーヌに、次女王の位を授ける」
 一晩風を浴びて回復したセンティスに、
「王宮に、『預ける』って、こういうこと?」
と確認する。センティスが困った顔をした。
「うん、王の養子という話だったんだが。『次女王』とはまた、オーリン王は、ずいぶんご大層に響く位を新設したな」

 こうして。実の父の傍らに居場所を持てなかった少女は、王宮で、霊術を学び、居場所と、位と、……権力とを得ることになるのだが。それはまた別のお話。

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