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「告存晶-レペィキスタ-」2

「すまん、しばらく、シェーヌを預かってもらえるか」
 本樹の前で呼ぶセンティスの声に、ディワは、するりと樹の内を抜け出して、精霊(ア=セク)の姿を取った。上機嫌で出立したシェーヌはしょんぼりとうつむいて、唇をへの字に結んでいる。
「いいですけど……」
「シェーヌ、いい子で待ってるんだぞ。ディワ、すまんな、頼む」
 再び詫びて飛び立つセンティスを、シェーヌはふにゃりと手を振って見送っている。
「どうしたのか、聞いてもいいかな?」
「シェーヌの風が強すぎて、雲が散ってしまったの」
 シェーヌの力の制御が拙いことは、ディワも、シェーヌの母の愚痴で知っていた。
「そう……」
 別れを目前にしているからこそ、センティスもシェーヌを伴ったのだろうし、シェーヌも常以上に張り切ったのだろう。慰めてやりたくても、どう言葉をかけていいか、分からない。
「ねえ、籠を作りに行きましょうか」
「いいの? まだ、雨が降ってないのに」
「センティス殿は約束を守る方だもの。シェーヌの分を先に作っておけば、センティス殿が戻られてから、すぐセンティス殿の分に取り掛かれるでしょ」
 ディワは本樹の枝に軽く触れた。枝は枯れ葉のようにほろりと落ちたが、その葉っぱはみずみずしく、緑のままだ。樹霊(ジェク)が本樹を離れるときは、小枝を携えて、本樹との霊力(フィグ)の絆を結ぶのだ。
 ディワは、とん、と軽く地面を蹴って宙に舞うと、そのまま鳥の姿を取った。茶色の濃淡の羽の鳥は、小枝は嘴に咥えている。樹霊(ジェク)は、風霊(ウィデク)ほど飛ぶのが得意ではなくて、飛ぶときはこうして姿を変えるのだ。
 シェーヌの先に立って飛ぶ。ちゃんと付いてきているのを確認し、少し緑のあせた、乾いた色の森を眼下に見ながら飛んでゆく。
 その葉末の連なりに、奇妙な影が落ちるのに気づいた。一つはもちろん、鳥の姿をとったディワなのだが、もう一つの影はシェーヌには見えない。
 振り向いたとたん。一瞬見えた奇妙なもの、鳥のような、けれどその肩先から生えるのは左右二枚の翼ではなくて、五枚ずつほどの、蘭の花でも咲き出るような翼の束。それがもがきながら、なんとか飛んでいる、と見てとったとたん、しゅるんと姿が変わってシェーヌになった。
 気まずそうに、ディワを見る。
……見なかった、ことにしよう。
 ついさっき霊術に失敗して、父からも「いい子で待っていろ」と言われたのに。鳥に、なってみたくて、我慢できなかったのだ、咎めるほどのことでもない。
「シェーヌ」
 声をかけてから、改めてゆっくりと振り向いた。
「花、見る? 木を置いてある場所の、ちょっと先に、きれいな花が咲いているの」
「……いい」
「花、きらい?」
 シェーヌはかぶりを振る。
「きれい、って思ったり、すてき、って思ったりすると。風が吹いちゃうの」
「そう……」
 風霊(ウィデク)は風を繰る。シェーヌは、感情が昂ぶると、無意識に風を起こしてしまうのだろう。散って困るほどのものではなかったが、シェーヌがまた落ち込むだろうと思うと、やめておいたほうが良さそうだ。
「じゃ、川原に下りるわね」
「川原に木があるの?」
「細工用の木を置いてあるの」
 樹霊(ジェク)はときに木細工を頼まれたりする、告存晶(レペィキスタ)の籠もあるし、匠精(メト)から金属や石の細工と組み合わせる木彫りを頼まれることもある。匠精(メト)は細工は上手いが、樹霊(ジェク)のように木の内部の木目まで読むことはできない。だからわざわざ樹霊(ジェク)に頼むことがあるのだ。
「私たちは、人間と違って木を切らないから。枯れた木や、風で折れた木を集めておくの」
 ディワは翼のはばたきを止めると、宙に螺旋を描いて、高度を下げた。ふわりと舞い降り、精霊(ア=セク)の姿に戻る。本樹の小枝は、髪にさした。シェーヌも降りて来たが、周囲を見回し、きょとんとしている。おそらくシェーヌには、流木が雑然と転がった川原に見えるのだろう。
 せせらぎの音を聞きながら、流木の間を歩き回る。
 樹種それぞれの性質や、その木の個々の状態に応じて、そのまま干してある木もあるし、しばらく水につけてから干した木もある。樹霊(ジェク)が手を加えるに値すると思ったものだけを集めてあるのだ。
 シェーヌは、センティスよりも色白だから。
 ディワは、木肌の色が淡い木と濃い木を一つずつ選んで手にとった。大きな流木に腰をかける。興味津々の表情でシェーヌが寄って来たので、どうぞ、と、身振りすると、横に腰を下ろした。
 センティスの分は後にして。淡い方の木を片手で支える。木の内側に心を集中させる。木目を読み、木に尋ねるようによい場所を探す。「丸い球になりたいのは、どのあたりかしら」
 本樹の小枝を片手に取ると、細工をする木片の表面を、小枝の先で軽くなぞった。ふわと霧のように木粉が舞って、木が削れ始める。それを繰り返して、手のひらに乗るほどの木片を切り取ってゆく。それなりに神経を使う作業なのだが。見ているだけだと、作業の手つきは、全体にのんびりして感じるだろう。
「ね、シェーヌ?」
 川の水音に負けぬように、声を張って、話しかけてみる。
「シェーヌを王宮に預けるって、センティスは言っていたけど」
「うん」
「センティスに、行きなさいって言われた……?」
 ディワの目は細工する木片に集中していて、シェーヌを見なくても不自然ではないので。聞きにくいことも、意外にすんなり聞けた。
「ちがう。シェーヌが行きたい、って言ったの」
 シェーヌは明るく答える。
「……、どうして?」
「それは、シェーヌが王様に恋をしたからです」
 シェーヌの小まっしゃくれた口調の返事に驚いて、ディワは手が止まってしまう。シェーヌの表情は気まじめで、嘘をついているようには見えない。気をとりなおして、細工を再開する。本樹の小枝は、髪に簪のように挿した。空いた掌に丸みをおびた木切れを乗せ、さらに丸めるように撫ぜる。
「でもね、お后さまにはしてもらえないの」
 そうでしょうね、と、ディワは口には出さなかった。オーリンは300年近い治世を治めてきた王なのだし、シェーヌはまだあまりにも幼い。王は継嗣が欲しいのだろう。精霊(ア=セク)たちの間では、男女の歳が違いすぎると子供が生まれにくいと言い伝えられていた。
「ええと。……素敵な方、だと、思った?」
「うん!」
 ディワも、夏至祭や冬至祭に行って、王の姿を見たことがあるけれど。王には、峻厳なイメージしか残っていない。
「どこが、素敵だったの?」
「全部!」
 恋する女の子の返事としては、なかなかステキだと思ったが。ディワの好奇心は満たしてくれない。
「じゃあ……、素敵だと思ったところ、一番目から三つ教えてくれる、というのは、どう?」
「うん! 一等はね、きれいな方だと思った!」
「そう?」
 精霊(ア=セク)はたいがい美しい。地霊(ムデク)などはまれに老形をとる者がいるが、成熟した風霊(ウィデク)はだいたい青年から壮年期の、顔だちの整った姿をしている。オーリン王も壮年期の姿の美男子だったが、ディワは、他の風霊(ウィデク)に比べてとりたてて美しいと感じたことはなかった。
「あとね、優しい方! シェーヌにも、とっても優しかった」
「センティス殿だって、優しいと思うけど」
「うん、父上も、優しい!」
 それでは、オーリンが特別ということにはならないではないか。
 木片は、親指と人さし指の指先を合わせた丸ほどの大きさの木球になった。ディワは、唇の高さに捧げ持ち、息を吹きかけて、籠の形に整える。球の内側から木粉がこぼれて、告存晶(レペィキスタ)を入れる空間を形づくる。籠、と呼ぶが、編んだものではない。中空の球の表面に、中が見えるほどの隙間をこしらえたものだ。
「三つめは?」
「何があっても、守ってくださる方だと思う……」
 三つ目の答えだけが、語尾が小さくなった。たぶん、シェーヌは霊力(フィグ)の弱い父親と、歴代の王のなかでも強いといわれるオーリン王の霊力(フィグ)を、比べているのだ。比べてしまっている自分が、少し悲しいのだ。
「センティス殿は、賛成なさったの?」
 中空の球の表面に息を吹きかけながら、ディワは話題を、少し変える。表面はただの格子ではなく、透かし細工を入れることにした。少女の横顔の浮き彫りを一つあしらい、周りには風を表す渦巻き模様をいくつもあしらう。
「うん。王宮にいれば、いろいろな精霊(ア=セク)が来て、シェーヌにも霊術を教えてくれるかもしれない、って」
「それは、いいわね」
 シェーヌの母とちがって、父であるセンティスは、シェーヌを可愛がっている、と思う。だからこそ、シェーヌに霊術の制御を教えてやれないことは歯がゆいのだろうと、想像はついた。
「できたわ」
 シェーヌに、木の籠を手渡す。繊細な浮き彫りのある、中空の籠。
「きれい!」
 シェーヌの瞳が、輝いた。
「この中に、告存晶(レペィキスタ)を入れるの、やり方は判る?」
 シェーヌは、心もとなげな顔をする。
 精霊(ア=セク)は、目の前で術を使われると、霊力(フィグ)の流れを真似て、その術が使いやすくなる。
 ディワは、指の先に神経を集中して、小さな告存晶(レペィキスタ)を形づくって見せた。伸ばした人指し指の、ほんの少し先。何もない空間から、水滴のようなものが現れる。透明ではない、僅かに黄色がかった乳白色だ。真円の珠を掌で受け、シェーヌに見せる。
「分かった?」
「うん!」
 できてしまった告存晶(レペィキスタ)を、ディワは、シェーヌに渡そうかと思ったが。そこまで親しい間がらではない。告存晶(レペィキスタ)は、精霊(ア=セク)が死ぬまで滅することができない。呪術に使うという精霊(ア=セク)もいる。恨まれる相手は身に覚えがないとはいえ、そこらへんにひょいと捨てるのもなんとなくイヤだ。ディワは、それを指先でつまんで、するりと飲み込んだ。告存晶(レペィキスタ)を処分する、唯一の手段なのだ。
「作ってみて」
 シェーヌに、小さな木籠を手渡す。シェーヌは少し緊張した面持ちで、木細工の籠を人差し指と親指ではさむように摘み。内側がよく見えるように目の高さに掲げた。
 つるり、という感じで、木の籠の内側に、石が現れた。シェーヌの瞳に似た、灰色がかった淡い緑。艶やかな、けれれど真円とはほど遠い歪んだ形だ。見る見る、大きくなる。
「あ……、」
 注意して、と言う間もなく。かり、と、音を立てて、木の籠が割れた。告存晶(レペィキスタ)が大きくなりすぎて、籠を内側から破ったのだ。
「ごめん……な……さ……」
 謝罪の言葉が途切れた。シェーヌの目からぽろりと涙がこぼれる。ぐしぐしと手の甲で拭う。
「泣かないで大丈夫、また作ればいいから。初めてなんだものね、練習がいるよね」
 残した木片を探る。あといくつ作ればいいのかしら? ディワは首を傾げなら先ほどの作業を繰り返した。本樹の枝で木片を大まかに切り、掌で丸く整える。
 最初はしゅんと黙っていたシェーヌが、途中からまた話し出した。
「ねぇ、ディワは恋人、いる?」
「いるわよ」
「そうなんだぁ」
 シェーヌの肩が落ちる。
「?」
 そのがっかり仕方をどう尋ねようと思っていると、
「父上の恋人を探してるんだもん」
 シェーヌの側から説明してくれた。ディワは吹き出し、またしても手を止めなければならなかった。センティスの性格の良さは認めていても、ディワから見ると歳が上すぎる。精霊(ア=セク)は不老で長命とはいえ、歳が違うということは世界の鮮度が違うということだから、やっぱり話題が合わないのだ。
「ディワの恋人はどんな精霊(ア=セク)?」
樹霊(ジェク)よ。歳が近くて、話してて楽しい」
「会える?」
遠翔(テレフ)魔方陣を使うから」
 二人だけで使う約束の魔方陣の、隠し場所を聞かれる前に、ディワはさっさと話題を変えた。
「シェーヌは、センティス殿に恋人がいたほうがいいの?」
「うん。シェーヌが王宮に行ったら、父上にも恋人ができると思う」
 ……そういうことか、と、ディワは思う。センティスは、霊力(フィグ)の制御が効かない娘のために、妻に去られている。シェーヌなりに、自分のせいだと悩んだのだろう。そして悲しいことに、それは事実なのだ。
「ねえ。誰にも言わないから、本当のことを教えて。シェーヌ、本当に王様のことが好きなの?」
「大好きっ!」
 信じずに居られないほど明るく断言されて、ディワは、まぁいいかと肩をすくめる。シェーヌにとって、初めての恋の相手のそばにいられて、父にも恋人ができる、一石二鳥のできごとなのかもしれない。
 ディワは、木球に息を吹きかけて、中空の籠にした。
「これで、やってみて」
 さきほどの繊細な細工とはまったくちがう、大まかに削っただけの籠をシェーヌに手渡し、その表情が哀しげになる前に、素早く付け足す。
「シェーヌが告存晶(レペィキスタ)を上手に入れられたら、そのあとで、さっきみたいな浮き彫りをしてあげる」
 結局。満足のいく仕上がりになったのは、四つ目の木籠だった。

 シェーヌは、ようやくできた珠を入れた木籠を、大切に持っている。ディワは、センティスの分のための木片と、壊れてしまった最初の木籠、それに、シェーヌが作りそこなった告存晶(レペィキスタ)を抱えた。籠を壊すほど大きく、小柄なシェーヌが飲み下すのは辛そうだったからだ。
「帰りは、歩いてもいいかな?」
「うん」
 予定より多くの木細工に、霊力(フィグ)を使って、鳥に変じるのが辛かったのだが。シェーヌは幸い、理由を聞かずに頷いてくれた。力を使いすぎた、などと明かせば、シェーヌは自分の霊力(フィグ)をくれるなどと言い出しかねない。子供から霊力(フィグ)を貰ってはいけない、というのが、精霊(ア=セク)の慣習だ。それを説明すると、たぶんまたシェーヌの泣きそうな顔を見なければならない。
 ディワは、雨が少なく乾いた大地を踏んで、川原から森に入った。晴れが続いて、森の草などは萎れ始めている。やっぱり雨を頼んでよかった、と、ディワは思う。
 シェーヌは、風霊(ウィデク)独特の、地面の上ぎりぎりを浮いているような進み方で、ふわりとついてくる。森の木や草を指先でつついたり、土や緑の匂いを嗅いだり、木漏れ日と戯れてくるくると回ってみたりする。ああ、そうか、この子はいつもは森の上を飛ぶから、森の中は珍しいのだ、と、ディワは気づいた。風霊(ウィデク)は、美しい。シェーヌも、また、美しい子供だった。森の木々の間を歩む風霊(ウィデク)の少女は、匠精(メト)の描く絵のように美しい。この子が霊力(フィグ)の暴走を引き起こしては自分も周囲も悩ませているようには、とても見えなかった。
 ディワは大きく丈夫な木を選んでは軽く触れてゆく。
「何をしているの?」
 シェーヌはひどく無邪気に聞く。
「ちょっとずつ、霊力(フィグ)を貰ってるの」
「本樹じゃなくても、貰えるの?」
 シェーヌは、ディワが本樹以外から力を貰っている理由よりも、樹霊(ジェク)の能力に興味があるようだ。
「本樹からは一番貰うわ。そのかわり私が、根を伸ばしたり、枝を伸ばしたりするのを手伝っているのだから、いいの。この子たちも」
 ディワは、森の木々たちに視線を投げる。
「今日は私が働いて、雨を降らせてもらうんだから、ちょっとくらい力を貰ってもいいのよ」
 そういえばシェーヌは疲れないのだろうか、とディワは思う。告存晶(レペィキスタ)を四つも作ったのだ。
 シェーヌは、何かを思いついたようで、ぱっと表情を輝かせた。
「ね、ディワ!、シェーヌが強い風を作って、川の水をばしゃんと飛ばして、森の木にあげたらどうかしら?」
 いや、シェーヌはまだまだ、元気が余っているらしい。
「木はもしかしたら喜ぶかもしれないけど。川のお魚は困ってしまうわ」
「そっか……」
 シェーヌが、しゅんとする。
「もうじき、センティス殿が雨を運んでくれるから、いいのよ」
 ディワは微笑んで、シェーヌを慰めた。
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